言葉のかわりに−第一章・2−
その日の放課後――、
「和磨、帰ろうぜー」
HRが終わり、拓未は立ち上がると同時にくるりと和磨の方へ向いた。
「あー、俺、神崎さんと一緒に帰るから」
「お? 一緒に帰る約束までしてたのか?」
「そうじゃねぇけど、一応俺が怪我させちゃったし、帰る方角も一緒だから送って帰ろうかと」
「んじゃ、俺も付き合うよ」
「いや、別にお前は先に帰ってもいいぞ?」
「そんな遠慮すんなって〜♪ 俺とお前の仲じゃないかぁ〜♪」
拓未はニカッと笑った。
「……」
その様子で和磨はピンと来た。
「ささ、唯ちゃんトコへ行こうぜ♪」
「お前、何が目的だ?」
「“目的”だなんて、そんなのある訳ないじゃないかぁー。失礼だなぁー、和磨くんたら♪」
「……」
「さぁさぁ、早く行かないと唯ちゃんのクラス、HR終わっちゃうぞー?」
拓未はそう言うと浮かれた様子で唯の教室へ向かって歩き出した。
「……まぁ、いいけど」
(どうせ神崎さんと話をするのが目的なんだろうな)
拓未の性格をよく知っている和磨は苦笑いしながら後を追った。
唯のクラスはまだHR中だった。
「まだやってるな」
和磨は廊下の壁に寄りかかった。
その隣に拓未も並ぶ。
すると、和磨と拓未の傍に次々と女子生徒達が寄って来た。
二人は『Julius』というバンドを組んでいる。
和磨はヴォーカル、拓未はギター。
そんなフロントに立つ二人は当然メンバーの中でも人気が高く、どこにいても注目の的なのだ。
そうして――、
十分程待ったところでやっとHRが終わった。
和磨は教室の前後にあるドアに素早く目をやった。
すると後ろのドアから香奈に支えられながら唯が出て来た。
教室の前に出来た人だかりに一瞬、足を止める唯と香奈。
「神崎さん」
不意に呼ばれて唯がその人物を捜していると、人だかりの中心から和磨が軽く手を挙げて近付いて来た。
「あ……篠原くん」
(人だかりの原因は篠原くんだったのね)
「送っていくよ」
和磨は周りでキャーキャー言っている女子を気にする様子もなく唯に言った。
「え……」
(そ、そんな事言われても困るよ……)
しかし、唯はと言うと和磨とは対照的に女子の視線が気になっていた。
「……い、いいよ。一人で歩けるし」
唯は顔が少し引き攣っているのがバレないように俯きながら答えた。
すると何を思ったのか香奈がにやにやしながら口を開いた。
「いいじゃん、唯、せっかくこう言ってくれてるんだし」
「か、香奈!?」
ますます顔が引き攣る唯。
「だって、篠原くん、唯の事を待っててくれたみたいだし」
「う……」
(そう言われると、ここで拒否をするのも……)
「じゃ、行こうか」
唯が黙ると、和磨はサッと腕を取って自分の腕に絡ませた。
「っ!?」
あまりの素早さに抵抗する間もなく、声も出せずに驚く唯。
和磨は唯に合わせるようにゆっくりと歩き出した。
その後に香奈と拓未も続く。
だが、相変わらず突き刺さるような女子達の視線が唯に降り注いでいた。
(ある意味、地獄……)
唯は捻挫が早く治りますようにと祈るばかりだった――。
◆ ◆ ◆
唯と和磨達の四人は、香奈の提案でファーストフードに寄って帰る事にした。
唯の横に和磨、そしてその向かいに拓未と香奈が座った。
(これじゃ、どっからどう見ても“ダブルデートの図”じゃない?)
そんな事を思っている唯を横目に、香奈が口を開いた。
「ねぇ、もしかして篠原くんて、JuliusのKazumaくん?」
「え? あ、うん、そうだけど……」
「わぁっ! やっぱりそーなんだっ! て事は、私の隣にいるのってTakumiくん?」
香奈は隣に座っている人物に視線を移した。
「え? 俺の事も知ってんの?」
「うん! だって私、Takumiくんのファンだもん♪ さっきからずっと似てるなぁって思ってたのよ」
「へぇーっ、嬉しいなぁ♪ あ、自己紹介遅れたけど、俺、望月拓未、よろしく」
拓未は嬉しそうな笑みを浮かべながら自己紹介をした。
「私、上木香奈、よろしくね」
「で、唯ちゃんは俺らメンバーの中で誰のファンなの?」
拓未にニコニコしながらそう訊かれ、唯は返事に詰まった。
「え、えーと……」
(ど、どうしよう……い、言えない……“Julius”ていうバンド自体知らないなんて……)
「あははっ、ごめん、私の教育が悪くて唯はまだJuliusの事知らないの」
困っている唯を香奈がすかさずフォローする。
「そーなんだ。じゃ、今度ライブがあるからよかったら来て?」
拓未にそう言われ、
「じゃあ、唯、今度一緒に行こ?」
香奈にも言われた唯はとりあえず「うん」と答えた。
「やったーっ! 二人確保!」
拓未は嬉しそうに片手でガッツポーズをすると唯と香奈に握手を求めてきた。
彼のファンだという香奈は嬉しそうに差し出された手を握ると、ブンブンと大きく上下に振り回して喜んだ。
唯はそんな香奈を見てクスクスと笑いながら差し出されたもう片方の拓未の手と握手をした。
和磨もそんな三人が可笑しく見えたのかクツクツと笑っている。
「唯ちゃんと香奈ちゃん、ケー番とメアド教えて♪」
拓未はチャンスとばかりに携帯を出す。
「じゃあ、私から」
香奈はにっこり笑って、サッと携帯を出した。
唯もカバンの中から携帯を取り出す。
「篠原くんも♪」
香奈は自分達のやり取りを他人事のように見ている和磨に言った。
「え、俺も?」
「うん、駄目?」
「いやいや、香奈ちゃん、駄目じゃないけど二人は俺が“担当”になったから」
「???」
拓未の言葉に首を捻る香奈。
「今度からライブのお知らせとかは俺から唯ちゃんと香奈ちゃんにするから、和磨はいーの、いーの♪」
「そんな事言って、二人を独り占めしたいだけだろ……」
和磨が呆れた顔でぼそりと言う。
「え? 何?」
不思議そうな顔をする唯。
「いや、なんでもない」
和磨は言いながら携帯を出した。
「てか、神崎さんのご両親にちゃんと謝りに行かなきゃな。その為にも神崎さんの携帯番号教えてくれるかな?」
「え……軽い捻挫だし、そんなわざわざ来て貰わなくても大丈夫だよ?」
真顔で言った和磨に唯が慌てて言う。
「ははぁ〜ん、唯ちゃん、和磨にケー番教えたくないんだぁ〜?」
拓未がにやりと笑う。
「ち、違う違うっ」
そしてまた慌てて否定する唯。
「じゃあ、教えて?」
あまりに真剣な表情の和磨。
「……うん」
唯はコクンと頷いて和磨に赤外線通信で自分の携帯番号とメールアドレスを送った。
続けて和磨からも携帯番号とメールアドレスが送られる。
「もし、捻挫が急に悪化して病院へ行くような事があったら知らせて?」
「……うん、大丈夫だと思うけど……」
「でも、もしそうなった場合、唯はきっと黙ってると思うからその時は私から知らせるね?」
和磨と唯の会話を聞いていた香奈が悪戯っぽい笑みを浮かべて言う。
「か、香奈」
「という訳で、篠原くんにもソウシ〜ン♪」
香奈は和磨に向けて自分の携帯番号とメールアドレスを赤外線通信で送った。
和磨も香奈に送り返す。
「むぅ……結局、交換しちゃってるし」
拓未は頬杖をつきながら呟いた。
「でも、私はTakumiくんのファンだからね♪」
そんな拓未に香奈は可愛らしい笑みを浮かべて言った。
「じゃあ、俺は“香奈ちゃんの担当”って事で♪」
拓未はにんまりと笑った。
どうやら彼はわりと単純なようだ――。