言葉のかわりに−第二章・14−

 

 

冬休みが間近に迫って来たある日の放課後――、

「唯、二十四日ってあいてる?」

いつものように学校帰りに寄ったファーストフードで和磨がクリスマス・イブの予定を唯に訊ねた。

 

「うん? この日はJuliusのライブの日だよね?」

十二月二十四日はJuliusのX'masライブがある日だった。

唯はまさかライブの事を和磨が忘れているのかと思い、大丈夫なの? 言わんばかりの顔をした。

 

「いや……さすがに自分のライブは忘れてないよ?」

和磨は苦笑いした。

 

「ライブが終わった後の話」

 

「終わった後はとりあえず予定ないよー?」

 

「んじゃ、ライブが終わってからになるけど、俺ん家でクリスマスパーティやらない?」

 

「そしたら夜遅くなるから迷惑になっちゃうよ」

 

「大丈夫、親は二人とも仕事で帰って来ないから」

そういえば拓未が以前、和磨の両親は家にいない事が多いと話していた。

 

(うちのお父さんみたいにお仕事が忙しいのかな?)

 

「唯が遅くなっても平気ならだけど」

 

「うちはちゃんと連絡さえしておけば大丈夫」

 

「そっか、じゃ決まり!」

和磨は嬉しそうに微笑んだ。

 

「うん!」

唯も嬉しそうに返事をした。

 

「……二人だけで」

すると、和磨は悪戯っぽくニッと笑った。

 

「ふぇ?」

唯はみんなでやるのだと思っていたらしく、口をポカンと開けていた。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

――そして、二十四日、JuliusのX'masライブの当日。

 

ライブハウスに着いた唯と香奈はファンの子達に圧倒された。

……というのは皆が皆、いつも以上に気合いが入った格好をしているからだ。

 

「うわぁ……すごっ」

唯は前回ライブハウスに来た時同様、香奈と後ろの方に立ち、ただただ呆然とファンの子を傍観していた。

 

「やっぱイブだから、みんな気合いはいってるねー」

香奈も唖然としている。

イブだから……と言っても普段のライブでさえ、打ち上げはメンバーだけでしているのに、

一体どこでじっくり見てもらうつもりなんだろうか?

出待ちをしている時だろうか?

 

唯がそんな事を考えていると、

「そういう唯も今日は一段と可愛い格好してるじゃない?」

香奈がニコニコしながら言った。

 

「え……」

唯は少し顔を赤くして俯いた。

 

「か、香奈だって……」

 

「まぁね、だって今日はイブなんだし、それに……拓未の家にお泊りだもん♪」

香奈はしれっとした顔で周りに聞こえないように小声で言った。

確かにいつもより少し大きめのカバンを持っている。

 

「唯もこの後、篠原くんと一緒に過ごすんでしょ?」

 

「う、うん」

泊りではないけれど。

しかし、唯は和磨が言った“二人だけでクリスマスパーティ”にドキドキしていた――。

 

 

それからしばらくして開演時間になり、Juliusのライブが始まった。

今回はワンマンライブだから前座はいない。

 

皆、やはりテンションが高くなっているのか、いつも以上の盛り上がりだ。

唯と香奈もすっかりファンの顔になっている。

 

X'masライブと言う事でJuliusの衣装は赤で統一されていた。

Kazumaの左耳にはあのアレキサンドライトのピアスと、首にはペアネックレスが光っている。

唯はそれが目に入る度に顔が緩みそうになった。

 

そして今日の一曲目は夏休みに作った新曲のうちの一つだった。

初めからオープニング向けに作った曲らしく、テンポの速い明るい曲で、TakumiのギターソロとTomoyaのドラムが聴かせどころだ。

 

 

七曲目、Kazumaがエレキギターからアコースティックギターに持ち替えた。

 

「今日は特別、クリスマスバージョンのメドレー」

Kazumaは短いMCの後、The Salt Of The Earthのラブバラードを弾き始めた。

唯と和磨が一番好きなバンドだ。

中でもこのラブバラードの曲は二人ではよく聴いている。

原曲のアレンジを少し変えているが、それでも全然下手に聴こえないのはJuliusの演奏が上手いのは元より、

Kazumaの歌唱力の高さを物語っている。

 

(やっぱり、かず君はすごい……)

 

別れの歌にも、愛の歌にも聴こえるこの歌をKazumaはどんな気持ちで歌っているのだろうか……?

 

KazumaはThe Salt Of The Earthのラブバラードの後に続けて『言葉のかわりに』を弾き始めた。

 

(あ……)

 

唯に視線を移しながら歌い始めるKazuma。

 

(ステージから私が見えるのかな?)

この間はステージの袖から見ていた、だからこんな風にまっすぐに見つめられて聴くのはより一層ドキドキしてしまう。

加えて、この曲もクリスマスバージョンになっていた。

あの文化祭の時と同じ様に、Kazumaの歌声が心に響く。

唯は何度も何度も、涙が出そうになるのを必死で堪えた。

 

『言葉のかわりに』が終わり、メドレーの最後は世界的にも有名なクリスマスソングだ。

 

最高の“X'masバージョン特別メドレー”

 

唯と香奈だけでなく、ファンの子が全員が聴き入っていた。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

アンコールも終わり、JuliusのX'masライブが終わった後、唯と香奈はライブハウスから少し離れた喫茶店で

和磨と拓未が迎えに来るのを待っていた。

 

そして一時間くらい過ぎた頃、和磨と拓未が店の中に入ってきた。

 

「ごめん、待たせて」

そう言いながら和磨と拓未は来た早々に唯と香奈を喫茶店から連れ出した。

 

香奈と拓未は、唯と和磨に「じゃあね」と言って二人で違う方向へ歩き始めた。

その後姿を少しだけ見送って、唯と和磨も歩き出す。

もちろん、和磨の家に向かって。

 

「あ、あの……ファンの子は?」

唯が心配そうに和磨に聞いた。

 

和磨はそう訊かれるのがわかっていたのか、

「大丈夫だよ、もう皆帰ったから」

優しく微笑みながら即答した。

 

「打ち上げは……?」

唯はいつもライブ後にやっているメンバーだけでやる打ち上げまで心配していたらしい。

 

「それも大丈夫、准も智也も彼女のトコに行ったから」

和磨は苦笑しながら答えた。

唯は和磨にそう言われ、やっと安心したように笑った。

 

 

和磨の家には前に一度来た事はあるが、中に入るのは初めてだ。

当然、和磨の部屋に入るのも初めて。

広さは八畳くらいの洋室でベッドと机とコンポ、エレキギターとギターアンプ、クローゼットと

全身が映るほどの大きな鏡とガラステーブル、ノートパソコン、テレビ、DVD。

余計なものは置かないといった感じのよくある男子高校生の部屋で至ってシンプル。

彼らしいと言えば彼らしい。

 

唯と和磨は途中、コンビニで買ったノンアルコールのシャンパンで乾杯した。

 

「「メリー・クリスマス!」」

お互いグラスを傾け、二人だけの聖なる夜の始まりを迎えた。

 

「唯……」

和磨は唯を真っ直ぐに見つめ、いつもとは違う深いキスを落としてきた。

 

「か、ず君……?」

唯はそんな和磨に驚いている。

 

和磨はゆっくりと唯を押し倒した――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

――年が明けた一月一日。

 

唯と和磨は二人で一緒に明治神宮へ初詣に行った。

 

「わ……相変わらず、すごい人……」

唯はあまりの人の多さに圧倒された。

さすがに参拝客が毎年、全国一位になるだけの事はある。

 

「唯はちっちゃいから、はぐれると見つけるの大変そうだな」

和磨はそう言って悪戯っぽく笑った。

 

「え〜っ、かず君ひどいー」

唯は頬をふくらませ、和磨を軽く叩いた。

 

「あはは、ごめん、ごめん」

和磨は唯の頬をツンとつついて、

「はぐれても、すぐに見つける自信はあるけどな」

そう言って唯の頭をポンポンと優しく撫でた。

 

そして和磨は自分の腕に唯の腕を通させると「行こう」と優しく微笑んだ。

 

 

唯と和磨は本殿まで腕を組んで歩いた。

 

お賽銭を投げ入れ、二拍手一拝して願を懸ける。

 

願い事は二人とも同じだった。

 

“去年よりも、もっと一緒にいられますように――”

 

たった一つしかない願い事なのに、二人ともなかなか顔をあげない。

 

二人はようやく同時に顔をあげて見つめ合った。

そうして再び腕を組んで歩き始める。

 

……はぐれないように――。

 

 

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