もう一つのFirst Kiss -First Kiss特別番外編 2-

 

 

「宗。」

 

夏休みに入ったある日―――、

バスケ部の練習で学校の体育館にいた俺を

誰かが呼んだ。

 

“誰か”と言っても、呼び捨てで呼ばれた時点で

誰かはわかっているけれど・・・

 

「・・・だからー、呼び捨てやめれ。」

そう言いながら振り向くと、横川さんが

体育館の入口から顔だけを覗かせていた。

 

やっぱ横川さんか・・・。

 

「ちょっと、いい?」

 

「うん、あまり長く話せないけど。

 ちょうど休憩してるところだからいいけど?」

夏休みだというのにわざわざ学校まで来たのには

何か理由があるんだろう。

俺は彼女の後ろをついて行った。

 

 

「今日も暑いねー。」

部室棟の裏の日陰に行き、ふぅーっと溜め息まじりに

彼女は口を開いた。

 

「うん。」

 

「・・・。」

でも、その次の言葉がなかなか出てこない。

 

???

なんか今日は様子が変だな。

いつもなら機関銃の如く喋り捲くるのに。

 

 

しばしの沈黙の後―――、

「・・・また、転校する事になっちゃった。」

と、少しだけ笑いながら横川さんが言った。

 

「え・・・、だって、この間転校して来たばっかじゃん?」

横川さんは5月の終わりに転校して来た。

みんなとも仲良くなれて夏休みも一緒に海へ行くと言っていた。

俺も一緒に行こうと誘われたけれど部活があるし、

女の子ばっかりで行くと言っていたから全力で断った。

 

それなのに・・・

 

「うん・・・、それがねー、お父さんの仕事の都合で

 また引っ越すんだって・・・。」

 

「そっか・・・。」

 

「せっかく、宗とも友達になれたのになぁー。」

 

「そうだな。」

 

「お、そう言ってくれるって事は、一応あたしの事、

 “友達”だと思っててくれたんだ?」

 

「ん、まぁ。」

 

別に否定する理由も必要もない。

 

「今度はどこに行くんだ?」

 

「沖縄。」

 

沖縄か・・・

 

「・・・遠いな。」

 

「うん、遠いよ。」

 

「引越し、いつ?」

 

「今日。」

 

「えっ?今から?」

 

「うん、そう。」

 

「ホントに急だなぁ・・・。」

 

「・・・今までありがとね。」

横川さんはそう言うと、手に持っていた紙袋を俺に差し出した。

 

「俺に?」

 

「うん。ずっと教科書とか貸してくれたり、

 仲良くしてくれたお礼。」

 

「え、・・・いいのに、そんなの。」

 

「全然たいした物じゃないんだけど使ってね。

 ・・・それと・・・」

その言葉の後、俺のすぐ目の前まで近づいてきた横川さんが

背伸びをして俺にキスをした―――。

 

え・・・。

 

「これは、おまけ。」

そして、小さく笑った。

 

おまけって・・・。

 

「あたしのファーストキス。」

 

ちょっとだけ頬を赤くして笑った彼女に

俺は「何するんだよっ!」と、怒る事ができなかった。

驚いて呆気に取られていたというのもある。

 

「あれ?宗?」

ぼーっと突っ立ったままでいると横川さんの手が

顔の前でヒラヒラしていた。

 

「・・・。」

 

「てゆーか、さっきから“宗”っ呼んでるのに

 怒らないんだ?」

 

「ん?・・・あっ、そうだ。よ、呼び捨てやめれ。」

横川さんに言われ、慌てて言っては見たけれど

さっきの“衝撃”で俺はまだ落ち着きを取り戻せていなかった。

 

彼女は“あたしのファーストキス”と言ったけれど・・・

 

実は俺もファーストキスだった―――。

 

超予想外のこんな形であっさりと奪われてしまった

俺のファーストキス・・・。

 

ほんの数十秒で落ち着けるワケはない。

 

「あ、それじゃあ、あたしもう行くね。」

 

「え・・・あ、うん。」

 

「バイバイ、宗。」

 

「・・・元気で、な。」

最後まで無理して笑って手を振って歩き出した横川さんに

「呼び捨てはやめろ。」とは言えなかった。

急に決まった引越しで荷物を纏めたりいろんな準備で忙しかっただろうに、

わざわざ俺にさよならとお礼を伝えに来てくれたんだ。

 

だから、俺も笑って手を振って見送った―――。

 

 

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