First Kiss −First Love・5−

 

 

―――翌日。

朝食は昨日の固くて食べられなかったご飯を雑炊にした。

そして、その後は登山。

 

基本、グループ毎に固まって行動。

だけど、うちのグループの女子共はまったく体力がないのか

まだ1時間くらいしか経っていないのに、もうゼェゼェ言いながら

甘えた声で「ソウくぅん、待ってぇー。」とか言ってやがる。

 

「琴美、大丈夫?」

俺の少し後ろの方で藤村さんの声がした。

藤村さんはさらに後ろにいる平野さんを心配そうに見ていた。

平野さんも体力がないのか、辛そうな顔をしていた。

でも、彼女の口からは「メグちゃん、気にしないで先に行っててー。」

と言う言葉。

すると、藤村さんのすぐ近くにいた武田が「琴美ちゃん、手。」と言った。

 

“琴美ちゃん”?

 

武田は平野さんの手を取った。

 

え・・・?

 

平野さんはキョトンとしながらそのまま武田と手を繋いだまま登り始めた。

 

「・・・。」

俺も同じグループだったら、あんな風に平野さんと一緒に登れたのにな。

 

 

登山の後―――。

昼メシの時間。

平野さんのグループと隣同士のテーブルになった。

そして俺のちょうど真後ろに平野さんが座った。

俺の隣の席争いでなかなか落ち着かないうちのグループ・・・。

それに比べ、平野さん達は武田達と楽しそうに会話しながら

食べている。

 

おもしろくない・・・

 

「昨日、ソウ君の隣の席だったんだから、今日はあたしに隣の席譲ってよー。」

「えー、ヤダ。」

「もー、いいじゃん目の前の席でも。」

「ヤダ、隣がいいもん。」

 

俺のグループの女子共はまだ何やら揉めている。

 

まったくおもしろくない・・・

 

おもしろくない、おもしろくない、おもしろくないっ。

つーか、平野さん達もう食べ終わっていなくなってるじゃん・・・。

 

 

―――それから30分後。

俺達のグループもようやく食べ終わった。

 

「ねぇ、二ノ宮くん一緒に外歩こ?」

そして例のごとく、俺はまた女子共に捕まりそうになった。

でも、もぉうんざり。

 

たまにはゆっくりさせてくれ。

 

俺は猛ダッシュで逃げ出した。

「あっ!?待って!」

走り出した俺を女子共はしつこく追いかけてきた。

けど、こっちだって部活で鍛えてるし、何より本気を出せば

すぐに撒くことができる。

 

しかし、追っ手を振り切るために夢中で走っていると、

目の前が行き止まりになっていた。

 

やべ・・・っ。

 

このまま引き返すとアイツらに捕まる。

仕方なく俺は目の前の茂みの中に隠れた。

すると、その茂みの奥にはまだ道が続いていて

進んでみると一瞬にして目の前に絶景が飛び込んで来た。

 

「すっげぇ・・・。」

誰に言うでもなく、思わずそんな言葉が出た。

 

平野さんに見せたいな・・・。

 

そう思った俺はまたきっとどこか絵に描けそうな場所にいると思い、

茂みの中から女子共が引き返して行くのを確認して、平野さんを捜しに行く事にした。

 

 

―――探し始めて30秒。

意外にあっさりとその姿を見つけることができた。

デジカメ片手に俺の目の前を歩いていた。

「平野さん。」

声を掛けると振り向いた平野さんの少し離れたところに

俺を追いかけている女子共の姿があった。

 

マズい・・・

 

「ちょっと来て。」

俺はアイツらに気付かれる前に平野さんの手首を掴み、

少し足早にさっきの場所に向かった。

 

「・・・二ノ宮くん?」

「いいから、いいから。」

ちょっと荒っぽかったけど、アイツらに邪魔されたくない俺は

慌てている平野さんに構わず、強引に引っ張って行った。

 

 

「着いた!ここ!」

一見、行き止まりに見える茂みの中に入って行き、

足を止めると思っていた通り、平野さんは目の前に広がる景色に

目を見開いていた。

 

「ここ、スケッチするのにいいかなと思って。」

 

「うん・・・すごい・・・綺麗。」

平野さんはそう言うとデジカメのシャッターを切った。

そして嬉しそうに「ありがとう、二ノ宮くん。」

と、笑った。

 

「さっき逃げてる途中で偶然ここ見つけたんだ。」

「また逃げてるんだ?」

「うん。」

「今度はなんて言って逃げてきたの?」

平野さんは“また逃げてる”俺が可笑しかったのか

クスクスと笑いながら腰を下ろした。

 

「強行突破。」

そしてさり気なく俺も隣に座った。

 

ふわりとやさしい風が俺と平野さんの頬を撫でるように吹き抜けた。

「・・・気持ちいい・・・。」

そう言って平野さんは目を閉じて柔らかい笑みを浮かべた。

 

平野さんのこんな表情・・・初めて見た。

 

「・・・うん。」

まるで二人だけの世界のように感じた。

 

ところで・・・

 

「そういえばさ・・・」

 

「うん?」

 

「なんで武田のヤツ、平野さんのコト“琴美ちゃん”て呼んでんの?」

俺がそう聞くと平野さんも不思議そうな顔をして首を捻った。

 

・・・なんだ。

別に平野さんがそう呼んでくれって言った訳でもないのか。

 

「俺も名前で呼んでいい?」

 

「うん・・・別に構わないけど?」

結構、勇気を出して言った事に平野さんは意外とすんなり“うん”と言った。

 

「んじゃ、今度から名前で呼ぶ。あ、俺のコトも名前で呼んでね?」

 

「・・・“ソウ”君・・・だっけ?」

 

ぶ・・・っ!?

やっぱ、勘違いしてたか。

 

「シュウ。」

俺は初めて自分の名前を訂正した。

すると彼女は少し驚いていた。

 

「だってみんな“ソウ”君て呼んでない?」

「うん、でもホントは“シュウ”が正解。」

「えー、なんでみんなに違うって言わないの?」

「訂正するのが面倒くさいから。」

「はぁ・・・。」

面倒くさいってのもあるけど、ちゃんと名前を呼んでもらいたいのは

俺が好きになった女の子だけだから・・・。

 

「琴美。」

いきなり呼び捨てもどうかと思ったけど“ちゃん”付けだと

武田と同じになるし、“さん”付けもなんだか他人行儀な気がした。

 

「・・・宗くん。」

琴美は少し戸惑いながら“君”付けで呼んでくれた。

でもやっぱここは最初から是非呼び捨てにしてもらいたい。

そんなワケで俺は“君”付けも、“さん”付けも、

“ちゃん”付けも却下した。

 

「・・・宗。」

それで仕方なく琴美はやっと呼び捨てにしてくれた。

 

二人だけの景色を見ながら二人だけの約束。

 

アイツらに追いかけられなきゃ見られなかった景色・・・

だから、ちょっとだけアイツらに感謝。

 

ホントにちょっとだけだけど・・・。

 

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