誠の恋 -First Kiss番外編 3-
姉ちゃんが部屋を出て行ってしばらくした後――、
「あ、あの……」
俺が目を閉じて横になっていると女の子の声が聞こえた。
(姉ちゃん……? でも、声が違う……)
流石に毎日聞いている姉の声は仮令熱に浮かされていたとしても判別出来る。
(……誰?)
ゆっくりと目を開けてみる。
すると、そこには“あの子”の姿があった。
「あ……」
「えっと……よかったら……これ、飲んでっ?」
そう言ってスポーツドリンクのペットボトルを差し出す。
「あ、ありがとう、ございます……」
とても喉が渇いていた俺は半身を起こしてそのペットボトルを受け取った。
(……美味しい……)
彼女が持って来てくれたスポーツドリンクを一口、また一口と飲むとまるで体に浸み込んで行くみたいに喉を通っていった。
「あの……ごめんなさい……何も知らないのに昨日、あんな事を言ったりして……」
そして俺がスポーツドリンクを半分くらいまで一気に飲んだところで彼女が申し訳なさそうに言った。
「いえ……そんな……傍からみればそう感じるのは当たり前でしょうし……」
確かに俺はあの時、彼女の言葉にムカついた。
だから今日一日、みんなと同じメニューで頑張ったのだ。
……頑張った結果が、まぁ、この様だけど……。
「でも……」
「……あ、それより……俺、まだあなたの名前、訊いてない……名前、教えてくれますか?」
彼女が沈んだ表情になり、何か話題を変えようとして咄嗟に思い付いた。
「えと……比嘉蘭子……君は?」
「平野、誠……です」
「誠、くん」
「はい……」
「本当にごめんね? 私……」
……と、比嘉さんが言い掛けたその時――、
「誠ー、大丈夫かー?」
シュウさんが入って来た。
「「っ!?」」
思わず驚く俺と比嘉さん。
「あれっ? 比嘉さん、どうしたの?」
「え、いえ……ちょっと通り掛かって……」
よくわからない言い訳を口にする比嘉さん。
「ふーん? まぁいいや、それより誠、汗かいたまま風呂に入れなくて気持ち悪いだろ? 体拭いてやるよ」
シュウさんはそう言うと、数枚の蒸しタオルが入った洗面器を俺の傍に置いた。
「あ、それじゃ、私、行くね」
そそくさと立ち去る比嘉さん。
「あ、ありがとう、ございました」
彼女が……比嘉さんがこうしてお見舞いに来てくれるとは思っても見なかった。
俺は嬉しくて体を動かすのもしんどいけれどおじきをした。
(やっばり、比嘉さんて良い人なのかも……)
◆ ◆ ◆
――翌朝。
「おっはよーございまーす!」
すっかり回復した。
顔を洗って食堂へ下りると岡嶋先生と女子バレー部の顧問の先生がお茶を飲みながら新聞を読んでいた。
「お、元気になったか?」
顔を上げて小さく笑みを浮かべる岡嶋先生。
「はいっ、ご迷惑をお掛けしてすみませんでした!」
「もう一日くらい休んでいた方がいいと思っていたんだが、その様子なら大丈夫そうだね。
でも、これまで通り朝のロードワークは十五周までと一時間毎に休憩を取る事」
「はいっ」
そう返事をして、俺はシュウさん達と合流してロードワークに出掛けた――。
そして、十五周で一足先に俺がロードワークから戻ると女子バレー部がロードワークに出掛ける前のストレッチをしていた。
ふと俺が比嘉さんの方に視線を移すと比嘉さんも俺の方に振り向いた。
軽く会釈すると、比嘉さんが小さく笑みを返してくれた。
(朝っぱらから可愛いなぁ〜♪)
……てっ!?
(俺……実はまだ比嘉さんに一目惚れ継続中――?)
◆ ◆ ◆
その日の夜――、
いつもは夜七時まである午後の練習が一時間早く切り上げられた。
またまたご近所の精肉屋さんから大量の肉を安く譲ってもらったらしく、
今夜はみんなで外でバーベキューをしようという事になったのだ。
精肉屋さん曰く、大量発注したお客様が突然キャンセルされたんだそう。
山のように積まれた肉と野菜、それに魚介類。
大きな炊飯器の他に鉄板も用意してあるという事は後で焼きそばも作ってくれるみたいだ。
「琴美が焼きそば作ってくれたらいいんだけどなぁ〜♪」
シュウさんは姉ちゃんの焼きそばが食べたいらしく、肉よりも寧ろそっちが楽しみみたいだ。
「それじゃあ、始めちゃってくださーい!」
従兄弟の貴兄がそう言うと、みんなは待ってましたと言わんばかりに肉や野菜、ソーセージ、海老やイカを
一斉に焼き網の上に乗せて焼き始めた。
「琴美、こっちこっち♪」
いつもはシュウさん達バスケ部がご飯を食べている間、姉ちゃんは厨房にいて一緒には食べられない。
だけど今日は叔父さんや叔母さん、従兄弟の貴兄も姉ちゃんもみんな一緒にバーベキューだ。
だから、シュウさんは姉ちゃんと一緒に食べたいのだろう。
にこにこしながら姉ちゃんに手招きをした。
姉ちゃんは藤村先輩の方に行きかけていた足を止めてこちらに近付いて来た。
基本的に姉ちゃんは、みんなの前ではなるべくシュウさんとは一緒にいないようにしているみたいだ。
シュウさんはそんなのお構いなしみたいだけど。
「誠、お肉ばっかり食べてないで野菜も食べないと」
そして、しばらくすると肉、肉、海老、イカ、肉、肉……というローテーションを繰り返していた俺に姉ちゃんが言った。
(バレた……)
「サンチュに包んで食ったら美味いぞ?」
すると、それを横で聞いていたシュウさんが苦笑いしながら言った。
「そういえば、シュウさんて好き嫌いないんですか?」
シュウさんは肉をサンチュを巻いて食べたり、キャベツやピーマン、人参、玉ねぎもバランス良く食べている。
「あるよ、椎茸が苦手かな。ある程度細かく切ってあったら食べれない事もないんだけど、
今日のみたいにほぼそのまんまのは無理」
そう言ってバーベキューの食材の中にある椎茸を指した。
石突きと軸の部分を取り除いてあって傘の表面に飾り包丁が入れてある。
「誠は野菜嫌いなのか?」
「野菜だけじゃなくてお魚も嫌いだよねー?」
シュウさんの質問に姉ちゃんが勝手に答える。
(う……)
「けど、俺も中学まではそんな感じだったぞ?」
「シュウさんはどうやって克服したの?」
「克服というか、俺は師匠のお言葉が切欠で何でも食べるようになったかな」
「シュウさんの師匠って誰っすか?」
(てか、何の師匠だろ? やっぱバスケかな?)
「親父」
「へ……? て、お父さんですか?」
「うん、俺の“人生の師匠”。んで、その師匠がさ、『好き嫌いが多いと損するぞ』って。
親父曰く、『好き嫌いが多いとせっかく好きな女の子が何か料理を作ってくれても美味しく食べられないぞ』って。
心から『美味しいよ』って言ってあげられないだけじゃなくて、
肉ばっか食ってたらそのうちデブになるから女の子に嫌われるのがオチだって」
「なんか深いっすね」
「だから誠もデブにならないように何でもバランス良く食べた方がいいぞー?」
「はいっ」
(そうだよな、比嘉さんが“デブ専”じゃない限りこのままでは嫌われてしまう)
俺は今まで手を付けていなかった野菜に箸を伸ばした。
「まったく……あたしやお母さんがいっくら言っても聞かなかったのに、宗の言う事なら素直に聞くんだから」
隣では姉ちゃんが苦笑いをしていた。
しれ〜っと目を逸らしながら比嘉さんの方に視線を移す。
すると、比嘉さんはサンチュに肉と人参を巻いて食べていた。
美味しそうに頬張って、ご飯もモリモリ食べている。
(あー、いいなぁー、いっぱい食べる子って♪)
うちの姉ちゃんは運動をまったくしないからか、そんなに食べない。
ご飯もおかわりはしないし、茶碗も普通サイズだ。
だから余計にいっぱい食べる女の子に憧れるのかもしれない――。