X Beat 〜クロスビート〜 −第一章・28−

 

 

楽屋からステージの袖に移動して、いつものようにメンバーと円陣を組んで手を重ね合わせる。

今日はその中に陽子の手もあった。

 

「なんか、こういうのいいなぁー」

そう言った陽子はさっきまで緊張で強張った表情をしていたが、みんなと手を重ねた事で

少しだけ緊張が解れた様だった。

 

「やっぱり、私もバンドは無理でもせめて相方は欲しいかも」

 

「なら、MCで相方募集してみるか?」

 

「それ、いいかも! じゃあ、今日は陽子の相方を探すぞーっ!」

愛莉の提案に千草が賛同する。

 

「「「「「おーっ!」」」」」

何かが違うような気もするが、とりあえず俺達も賛同して気合いを入れた。

 

ステージに出ると、いつものようにHappy-Go-Luckyのファンの子達が前列を陣取っていた。

その中には佐保に嫌がらせをしていた二人も居る。

 

「わ……、いっぱい人がいる……」

陽子はあまりの人の多さに顔を引き攣らせた。

まぁ、全校生徒が集まっているんだから当然と言えば当然なのだが、初ライブでいきなりこんな大人数の前というのは

誰だって顔が引き攣るだろう。

 

「陽子、深呼吸」

俺がそう言うと小さく頷いて彼女は深呼吸をした。

 

「大丈夫、みんな一緒だから、ね?」

千草も陽子の傍に来た。

愛莉も美希も美穂も陽子に柔らかい笑みを向けている。

 

陽子はもう一度ゆっくりと深呼吸をするとギターのシールドをアンプに繋げた。

 

 

一曲目が終わり――、

次は陽子がヴォーカルをとるカバー曲。

 

ギターをスタンドに置いてヴォーカルマイクに向かう陽子。

マイクスタンドの高さを陽子の身長に合わせて下げてやると、彼女が小さな声で『ありがとう』と言った。

この様子なら、なんとかなりそうだ。

 

陽子は最初のうちは流石に緊張で少し声が上ずっていてピッチもずれ気味だったけれど、

間奏で俺と千草、美希が傍に行くとそこからは練習と同じ様に歌えていた。

 

 

そして、最後の曲の前――、

「みんなに重大発表がありまっす!」

再び俺がヴォーカルマイクの前に立ち、そう宣言すると会場内がざわつき始めた。

 

「実は――、」

俺のもったいぶった言い方に前列にいるファンの子達が不安そうに顔を見合わせる。

 

「陽子の相方を大募集しまーす!!」

そう言った瞬間、安堵の声と笑いが沸き起こった。

 

「陽子、どんな相方がいいんだ?」

 

「男女問わず、ギターでもキーボードでもJ-POPが好きならOK! 初心者の私でよければお願いします!」

俺が陽子にマイクを向けると彼女は大きな声で答えた。

 

「という訳だから、本気で陽子と組んでもいいって人、是非軽音部に来てね! それじゃ、最後の曲!」

 

これで、うまく陽子の相方が見つかればいいけれど――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

そして翌日――。

 

「千草ー、入部希望者が来てるんだけどー」

第一スタジオでセッティングをしていると、部室を使っている三年生バンドのメンバーの一人が

部長の千草を呼びに来た。

 

「なんか、陽子の相方希望だって言ってるよ?」

その言葉に俺達メンバーは顔を見合わせた。

 

“キターーー(゚∀゚)ーーー!!!”

 

まさにそんな感じだった。

千草はすぐさまギターを置いて部室に向かった。

 

 

それから、十分後。

 

「たっだいまー」

千草が第一スタジオに戻って来た。

 

「おかえり、どうだった?」

そう最初に口を開いたのは愛莉だった。

 

「うん、陽子と一緒にやる事になったよ」

千草が笑顔で答える。

 

「じゃあ、相方が見つかったんだ?」

美希も嬉しそうに口を開いた。

 

「ピアノ経験がある女の子でヴォーカルは初心者なんだけど、歌もやってみたくて陽子とデュオが

 出来ればって言ってコンビを組む事になったの」

 

「ふふっ、昨日、MCで相方を募集した甲斐があったね?」

美穂も陽子の事をとても心配していた。

だから、自分の事のように喜んでいた。

 

もちろん、それは俺も千草も美希も愛莉も同じだった――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

「ねぇ、今日もスタジオに行くの?」

打ち上げの日から数日が経った日の昼休憩、第一スタジオに行こうと席を立った俺に佐保が言った。

 

「あの子と一緒にやるのは打ち上げの時だけだったんでしょ? なのに、なんでまだ面倒見てるの?」

 

確かに佐保の言うとおり、別に打ち上げが終わったんだからもう陽子の面倒を無理に見る必要もない。

放課後の部活も陽子がわからないところがある時に俺や千草を頼って第一スタジオに訊きに来る程度になった。

しかし、陽子は相変わらず昼休憩に練習をしていた。

だから、俺もなんとなくそのまま流れで練習に付き合っていたのだが……。

 

「まぁ……、夏休みに入るまでだよ」

夏休みに入れば、俺も陽子もお互いのメンバーや相方のスケジュールに合わせて学校に来て練習をする。

そうなると九月の新学期には俺はいつもの昼休憩のペースに戻るだろう――。

 

 

「ねぇねぇ、詩音はアコースティックギターも弾けるの?」

佐保の追及を逃れて第一スタジオに入ると、陽子は練習の手を止めてそんな事を訊いてきた。

 

「あぁ、弾けるよ」

 

「なおこがね、そろそろアコースティックの方も弾けるように練習始めたらどうかな? って、

 言ってたんだけど、エレキを弾くのとは違うの?」

 

「アコギはエレキと比べてネックも絃も太いからコードを押さえて音を出すのが難しいんだ。

 だから、なおこがそう言ったんだと思うよ?」

ちなみに、“なおこ”とは、先日打ち上げの翌日に入部して陽子の相方となった飯沢なおこの事だ。

 

「なおこが私にそう言ったって事は、エレキじゃなくてアコースティックの方を弾いて欲しいのかな?」

 

「どうだろ? どっちも弾けるようになればカバー出来る曲の幅が広がるからじゃないかな?」

 

「なるほど……」

 

「俺も今はエレキを弾いてるけど、そろそろアコギを使う曲も書こうかと思ってるし」

 

「けど、アコギじゃマイクを使わないと音が聞こえないんじゃない?」

 

「世の中には『エレキアコースティックギター』という便利な物があるんだよ」

 

「それってアコースティックだけどエレキみたいにシールドでアンプに繋げて使うヤツ?」

 

「そうそう、ある程度はエフェクターで音色は作れるからエレキでもいいんだけど、

 バラードとかはやっぱアコギの方がいいかなって思うから」

 

「エレアコかぁ……それって高いの?」

 

「ピンキリだよ」

 

「じゃあ、アコギの方を買おうかなー?」

 

「近々ギターを買うつもりなの?」

 

「うん、バイト代が貯まったからエレキギターを買うつもりだったんだけど、アコギにしようかなぁ?」

 

「俺が使ってたアコギで良ければあげるよ? 超安物で今はもう使ってないけど、

 手入れだけはしてるから全然問題なく弾けるし」

 

「ホ、ホントッ? いいの?」

 

「あぁ、明日持って来るから陽子が気に入ったらそのまま持って帰っていいよ。

 ただアコギは生音が大きいから家で練習するのは難しいかもだけど」

 

「うんっ、ありがとう! あの……それでね……詩音にもう一つお願いがあるんだけど……」

 

「うん? 何?」

 

「今週末って……空いてる?」

 

「午前中なら空いてるけど何かあるのか?」

 

「楽器屋について来て貰いたかったんだけど……」

 

「さっき言ってたエレキギター?」

 

「うん」

 

「いいよ、じゃあ午後から行こう。その方がゆっくり回れるし」

 

「え、でも……何か用事があるんじゃ……?」

 

「バイトが入ってたんだけど夕方からにして貰うから」

 

「だけど……」

 

「大丈夫、融通の利くバイト先だから」

だって実家だもん。

 

「一時に駅前に集合な? 学校の近くの楽器屋から回ってみよう。

 その方が何かあった時にすぐ相談にも行けるし」

 

「うんっ」

 

そんな訳で俺は週末、陽子の楽器屋巡りに付き合う事になった――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

そして、週末の日曜日――。

 

「ちょっと休憩しようか」

俺と陽子が楽器屋巡りを始めて二時間が経ち、ちょうどおやつ時になったから

近くのファーストフード店に入る事にした。

 

「いらっしゃいま……詩音っ?」

店員の声がしたかと思うと自分の名前を呼ばれ、驚いて顔を上げると……、

 

(げげっ)

「さ、佐保……?」

 

「詩音……この時間はいつもバイトしてるのに、なんでこんな所にいるの?」

 

「あー、陽子がギター買いたいって言うからその付き添い」

 

「そ、そうなんだ……」

 

「てか、佐保のバイト先ってここだったんだ?」

 

「う、うん」

 

「詩音、友達?」

ぎこちない会話に陽子が入って来る。

 

「クラスメイト」

 

「ふーん」

 

「……て、それより注文、注文」

俺は誤魔化すようにメニュー表に視線を移した。

 

「私はアップルパイのドリンクセットにしよっかな」

 

「俺はホットドッグのポテトセット」

 

「……畏まりました」

佐保は何か言いたげな顔をしているが、とりあえず“仕事”をしている。

 

「あ、会計は一緒でいいです」

すると、陽子は俺がサイフを出し掛けたところで佐保に言った。

 

「え、なんで?」

 

「だって、昼休みだっていつも練習に付き合って貰ってるし、今日だって……、

 それにアコギのお礼だってまだ何もしてないんだよ? だから、このくらいの事はさせて?」

にっこり笑う陽子。

ここで断ったら逆に申し訳がない。

 

「じゃあ、今日は奢られておこうかな」

 

「うん♪」

なんだか嬉しそうな陽子。

 

(これはまた明日学校で佐保にいろいろ訊かれそうだなぁー……)

 

それから俺と陽子は二階の席へと移動した。

佐保がいるレジカウンターから見える一階席だといろんな意味で落ち着かないからだ。

 

 

しかし、翌日――。

 

「あの子と随分仲が良いんだね? 昨日も詩音のポテト一緒に食べてたし」

朝一番で佐保に言われた。

 

「え……てか、なんで陽子がポテト摘んでたの知ってるんだ?」

 

「レジカウンターから防犯カメラのモニター、見えるから」

 

「あー、なるほど」

バレていた。

佐保はすっかりお見通しだったのだ。

 

「ねぇ、昨日あの子が言ってた『アコギのお礼』って何?」

 

「あー、それはー……もう弾かなくなったアコギがあるから陽子にあげたんだよ。

 アコギの練習もしたいって言ってたし、それなら俺の部屋で誇り被ってるより、

 陽子に弾いて貰った方がいいから」

 

「……ふーん」

 

「……」

 

「詩音、やっぱり、あの子の事……」

 

「ないない」

 

「本当……?」

 

「本当」

俺が即答すると、佐保はそれ以上は何も言わなかった。

 

そして後日、それは予想外の事態へと発展した――。

 

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