漆黒の翼 -16-
「転移魔法は使えるわね?」
「あ、あぁ」
「詳しい事は向こうで……、行くわよ」
セシリアは焦っている様子の口調で喋り、ろくに説明もしないまま転移魔法で移動した。
そしてラーサーもセシリアの後を追い、転移魔法でランディール城が見える場所まで移動すると、
「ランディール城が襲われたって、どういう事なんだ?」
城の様子を窺いながらセシリアに訊ねた。
「あなたが城を出た三日後に奴らが襲って来たの。
でも、あなたがこの城にもういないとわかって、城の中の人達を人質に取って誘き寄そうとしているわ。
城の兵士十数人にあなたの行方を捜しに行かせたようだけど、あなたがなかなか見つからないから、
そろそろ痺れを切らし始めたのよ」
「そんな……」
自分が城から出ればそれで城の方には被害はないと思っていた。
それなのに……、ラーサーは悔しそうに顔を歪ませた。
「私も直ぐにあなたの行方を捜したけれど、きっちり気配も痕跡も消して行ってるもんだから
見つけるのに苦労したわよ」
転移魔法は自分が一度行った事のある場所や目に見えている範囲ならば有効だが、
それ以外は気配を追って行くしかないのだ。
「す、すまない」
ラーサーはばつが悪そうな顔をした。
「城の中にいる騎士と魔道士達は皆、地下牢に閉じ込められていて、国王と王妃、
それに王女と側近は外部から来た人間から怪しまれないようにする為に牢に入れられてはいないものの、
奴らの監視付きで城の中に軟禁されている状態。
戦闘能力のない使用人やメイド達も大広間に集められて監視されてるわ」
「奴等の人数は?」
「国王と王妃、王女に一人ずつ、三人の側近一人に対し見張りが一人ずつ。
後は地下牢の見張りが二人、メイド達の見張りに三人で合計十一人よ」
「十一人か……」
「先に地下牢にいる騎士と魔道士達を助ける事が出来ればなんとかなるわ」
……と、セシリアが言った後――、
「ラーサー様!?」
上空から聞こえた声に反応し、ラーサーが顔を上げるとジョルジュが目の前に下りて来た。
「ジョルジュッ! ユウリは? ユウリは無事なのかっ?」
ラーサーはジョルジュの姿を認めると慌てて詰め寄った。
「……っ、はい、今のところはご無事です」
ジョルジュはラーサーの勢いに圧倒されながらも落ち着いた口調で答えた。
「この梟……喋れるの?」
すると、傍にいたセシリアが目を見開きながら、ジョルジュを見つめた。
「あぁ……えと、この梟はジョルジュと言って、城に仕えている魔道士のユウリと一緒にいる梟なんだ。
それで、なんか特別な能力があるらしくて喋る事が出来るんだ」
「へぇー」
ラーサーが簡単に説明するとセシリアは興味深そうにジョルジュを見つめていたが、
直ぐに平静を取り戻した。
「じゃ、まずは地下牢に行きましょう」
「わかった」
ラーサーはセシリアと共に再び転移魔法を使い、牢のある城の地下へ忍び込んだ。
見張りに就いている魔族の二人は油断をしているのか欠伸をしながら雑談をしていた。
ラーサーとセシリアが忍び込んだ事にもまったく気が付いていないようだ。
「一気に仕留めるわよ」
セシリアが小声で言うとラーサーは少し驚いた顔をした。
「『別に殺さなくても……』って顔してるけど、生かしておくと後々面倒になるだけよ」
「……わかった」
ラーサーはセシリアにそう言われ、確かにそうだと思い直した。
二人は転移魔法で魔族達の背後に立つと左胸を剣で一突きにし、息の根を止めると
魔族達の手から牢の鍵を取り上げた。
ラーサーとセシリアは二手に分かれ、全ての牢を開け放っていった。
(ユウリ……ッ、何処だ? 何処にいるっ?)
鍵を開けながらユウリを捜すラーサー。
すると、一番奥の牢にユウリの姿があった。
「ラーサー様!?」
ユウリはラーサーの姿を認めると驚いた表情で小さく叫んだ。
「ユウリッ!」
ラーサーは急いで鍵を開け、ユウリの方に駆け寄った。
「ラーサー様!」
ユウリもラーサーの胸に飛び込む。
「怪我は? 奴等に何もされてはいないか?」
「はい、大丈夫です。ラーサー様の方こそ、お怪我はありませんか?」
「あぁ、何処も怪我はしていない……と、それより、とりあえず牢を出よう」
「はい」
ユウリはラーサーとの再会に嬉しそうに返事をして、捕らえられていた騎士と魔道士達と共に牢から出た。
「奴らは残り九人、そのうち転移魔法が使えるのは国王、王妃、王女の見張りに就いている三人だけ。
メイド達の見張りについている三人と側近に就いている三人は使えないから、なんとか助け出せると思うわ」
セシリアは騎士団と魔道士隊の全員にそう言うと、ラーサーに視線を移し、
「ラーサー、国王達に張り付いている三人は今、私達だけで倒すのは無理よ。
だからメイド達全員を助け出した後、転移魔法で移動して国王達と側近を
あいつ等から引き離して助けるだけでいいわ」
と軽く説明をした。
「わかった」
ラーサーは短く返事をして頷いた。
その頃、大広間では――、
「あの男……本当に現れるのか? 一向に戻って来ないじゃないかっ」
城を乗っ取った後、使用人達の見張りに就いている魔族の一人がイラついた口調で言った。
「さぁな?」
「既にこの辺にいないとなると、まだ現れないかもな?」
それに対し、他の二人の魔族は落ち着いた口調だ。
「しかし、兵士達があの男を捜す為に城を発ったのはもう三週間も前だろうっ?」
「まぁ、確かにヤツは転移魔法が使えるから、戻って来るのに時間は掛からない筈だな」
「ただの脅しだと思ってるんじゃないか?」
魔族の男達はそれぞれにそんな事を言いながら使用人達やメイド達の顔を見渡し、
「見せしめに一人殺すか?」
口端を上げた。
「そうだな、どうせ殺すなら女がいい。
たっぷり可愛がって楽しませて貰ってから、後は楽に……な?」
「面白い」
そう言うと魔族達三人は音も立てずに立ち上がり、ゆっくりとメイド達の方へと近付いていった。
不敵な笑みを浮かべ、靴音だけを鳴らしながら近付いて来る魔族達の様子にメイド達は声も出せず後退りした。
「ん? お前は……」
すると、魔族の一人がメイド達の中からエマの姿を見つけた。
「おい、この女、あの男と一緒にいた奴だぞ」
にやりとしてエマに一歩近づき、仲間の方に振り返る魔族。
「じゃあ、まずその女を見せしめに殺すか」
「そうだな」
魔族の男達はそう言うとエマを取り囲んだ。
「……っ」
エマはジリジリと後退りし、とうとう部屋の隅に追い詰められてしまった。
「さて、誰に可愛がって貰いたい?」
真ん中に立っている魔族は鞘からスッと剣を抜き、逃げ場を失ったエマに向けた。
「……誰って……」
恐怖のあまり背中に壁がある事でやっと立っていられる状態のエマ。
「あはははははっ、この女、声が震えてるぞ?」
右側にいる魔族がそんなエマを見て笑う。
「選べないなら、俺からイかせて貰おうか」
左側に立っている魔族が更にエマに近付こうとした。
「待てよ、ここはやっぱ俺が一番先だろう?」
だが、それを真ん中で剣を構えていた魔族が制した。
そしてエマが着ているメイド服の胸元を剣先で切り裂いた。
「いやぁっ!?」
エマの胸元が少しだけはだける。
「なかなか可愛い声を出すじゃないか」
魔族の男はククッと小さく笑い、再び剣を構えると今度はスカートを切り裂こうと一気に振り下ろした。
「きゃあぁぁぁっ!?」
……キィーーーーーン――ッ!
エマの悲鳴の後、頭上で金属音がした。
両目をギュッと閉じていたエマが恐る恐るゆっくりと目を開けると目の前に大きな背中があった。
しかし、見慣れている筈のその背には漆黒の翼がある。
「……ラ、ラーサーッ!?」
「エマ、遅くなってすまない……怪我はないか?」
ラーサーは魔族が振り下ろした剣を自分の剣で受けながらエマに振り返る事無く言った。
「え、えぇ……大丈夫、よ」
少し震える声でエマが答えるとラーサーは食い止めている剣を弾いた。
そして、そのまま素早く剣を振り下ろし、魔族の一人を仕留めると残っている二人の魔族に剣を向けた。
「ふんっ! やっと現れたか。だが、お前一人で何が出来る?」
魔族の男は目の前で仲間が殺されたにも拘らず、冷静な口調で言った。
しかし――、
「一人じゃないわよ?」
セシリアの声に魔族達が振り向くとその態度も直ぐに一変した。
彼女の後ろには既に助け出した王立騎士団と王立魔道士隊が控えていたのだ。
王立騎士団と王立魔道士隊は隊列を整え、魔族の男達を取り囲んだ。
「「く……っ」」
唇を噛み締めながら剣を抜く魔族達。
ユウリは既に本来の姿に戻っていた。
両手で杖を持ち、静かに精神を集中させる。
やがてその杖からレヴィアタンが姿を現した。
「あなた……っ!?」
セシリアはユウリが姿を変えていた事にも驚いたが、何よりレヴィアタンを召喚した事に驚きを隠せないでいた。
それは魔族達も同様でユウリとレヴィアタンを見つめたまま瞠目している。
「水紗!」
ユウリの命令でレヴィアタンは水のベールをラーサーと使用人達やメイド達の前に張り、
王立騎士団と王立魔道士隊、セシリアの前にも張った。
「水炎!」
続けてユウリが命令を下す。
レヴィアタンは大きくうねりながら宙を舞い、魔族の男達に水の炎を吐き掛けた。
そしてセシリアも直ぐに戦闘態勢を取り直して指先から火を放ち、牽制した。
ラーサーと王立騎士団は挟み撃ちをする形で一斉に斬りかかった。
「っ!?」
魔族の男達はレヴィアタンの水の炎とセシリアが足元に放った火に気を取られ、
ラーサーと王立騎士団の剣を避けきる事が出来ず、深手を負った。
「く……っ」
蹲る魔族達。
しかし、間髪入れずに続けて斬りかかったラーサーの剣をかわした。
間合いを取るラーサー。
そこへ再びレヴィアタンが水の炎を魔族達に向けて吐き掛けた。
「うわあぁぁっ!!」
苦痛に顔を歪める魔族達。
すると今度はセシリアの杖から深い紫色の光が放たれた。
金縛りの呪術だ。
ラーサーと王立騎士団は再び一斉に魔族二人に斬りかかった。
「ぐ……っ!?」
その場に崩れる魔族達。
ラーサーは魔族達が事切れたのを確認するとエマの方に振り返った。
「はぁ……」
すると、エマは恐怖から解放された事で気が抜けてしまい、胸元を押さえながらヘナヘナとその場に座り込んだ。
「エマッ!?」
ラーサーはエマに駆け寄って、はだけた胸元を隠すようにマントを掛けてやった。
「大丈夫か?」
「う、うん……あっ、そうだわ! ラーサー、シェーナ様が……っ、シェーナ様がアイツ等に……っ」
エマは弱々しく返事をし、ハッと思い出したように口を開いた。
「あぁ、わかってる。大丈夫だ、シェーナ様は必ず俺がお助けする。
もちろん、国王様も王妃様もな」
ラーサーはそう言って近くの椅子にエマを座らせてセシリアの方に振り返った。
「ここからはいよいよ私も本気を出さなきゃね」
セシリアはユウリが持っている杖と同じ様に先端にダークパープルのクリスタルが埋め込まれた杖を手に持っていた。
そして静かに目を閉じるとダークパープルのクリスタルが冷ややかに輝き始め、段々とそれは大きな人の形になった。
(……ソア……?)
セシリアが召喚した神獣にその場にいる誰もが驚き、目を見開いた。
「セシリア……」
ラーサーはセシリアもまた召喚魔法の使い手である事に驚いた。
「ソアについての詳しい説明は後でするわ。行くわよ」
セシリアはそう言うとソアと共にランディール王達のいる謁見の間へと向かった――。