漆黒の翼 -14-

 

 

更に数日後――、

ユウリの体調も戻った頃。

 

レオンが死に――、

 

“彼からの連絡が途絶えた事で異変を感じた仲間の魔族がそろそろ動き始める”

 

そう考えたラーサーは、半年に一度の両親の墓参りに今回はクレマンとアドルフ、

セシルにも同行して貰っていた。

 

 

そして、その予感は見事に当たった。

 

(……来たかっ!)

アントレア皇国に入る手前、ユウリが以前住んでいた森を抜けていると、

ラーサーは何処からか近付いて来る気配を背中で感じた。

 

魔族達は背後から箱馬車に乗っているユウリの姿を認めると素早く回り込み、

ラーサー達を取り囲んだ。

 

「っ!」

馬で移動をしていたラーサーとクレマンはユウリ達が乗っている箱馬車に

近付かせないように戦闘態勢を取った。

しかし、魔族の一人が不敵な笑みを浮かべて瞬時にラーサー達の前から消え、

直ぐにまた現れたかと思うとユウリを腕に抱えて剣を突き付けていた。

どうやら転移魔法を使ったようだ。

 

「ユウリッ!?」

 

「ラ、ラーサー様……」

ユウリは今にも消えそうな声でラーサーの名を呼んだ。

 

「ユウリを放せっ!」

ラーサーはユウリに剣を突き付けている魔族の男に向かって叫んだ。

 

「さぁ……剣の在り処を言ってもらおうか」

だが、長い黒髪をしたその魔族はラーサーの方に顔すら向ける事無くククッと

喉を鳴らすように低く笑った。

ユウリは恐ろしさのあまり声も出せずにいる。

 

「……」

エマは箱馬車の中から様子を窺い、青ざめた顔をしていた。

 

ジョルジュは数人の魔族がユウリの近くにいる事で何も手が出せずにいる。

それはクレマンもアドルフもセシルも……そしてラーサーも同じだった。

 

しかし次の瞬間――、

 

大きく深呼吸をしたラーサーがゆっくりと目を閉じると、その体が微かに光を放った。

 

「……っ!? ラーサー、駄目っ!」

エマがそう叫んだ時には既に遅く、ラーサーはその姿を変えていた。

 

金色の髪は黒に……碧い目は紅い色へと変わり、背中には蝙蝠のような漆黒の翼が現れ、

その姿は魔族そのものだった――。

 

「「ラーサー……」」

クレマンとアドルフはラーサーの姿を驚いた表情で見つめていた。

 

「……」

セシルとジョルジュも驚きのあまり言葉を失っている。

 

「ラ、ラーサー様……?」

ユウリは目の前で姿を変えたラーサーをただじっと見つめていた。

魔族達も驚きを隠せないでいる。

 

「ほぅ……どうやらお前も俺達と同じ魔族のようだな?」

ユウリに剣を突き付けている魔族がニヤリとして言う。

だが、ラーサーはその問いには答えず、次の瞬間姿を消した。

 

「っ!?」

そしてユウリを拘束している魔族の背後に姿を現し、その背中に剣を突き立てた。

 

「ぐあぁ……っ!」

魔族の男の腕がユウリの体から離れ、地面に崩れるように倒れた。

ラーサーはその男から剣を引き抜くとユウリの手を取り、すぐにまた転移魔法でクレマン達の目の前へと移動した。

 

「お前は……一体……?」

魔族達はその場に立ち尽くし、驚いていた。

何故なら転移魔法が使えるのは魔族の中でもより強い魔力を持っている一部の魔族に限られているからだ。

 

「ユウリには指一本触れさせない」

ラーサーはそう言うと魔族達を睨み付けて剣を構えた。

 

「……ん? お前が持っているその剣は……」

魔族の一人がラーサーが持っている剣を見て言った。

彼の剣はヒルトやグリップ、フラーの部分に装飾が施され、更にクレマンや他の騎士達の物と大きく違うのは

ガードに紅いクリスタルがはめ込んである事だった。

そのクリスタルはいつもは薄っすらと光を放っているだけだったが、ラーサーが本来の姿を現した事によって、

より一層強い光を放っていた。

 

「……そうか、お前は十年前の……」

魔族の男はにやりと笑った。

 

「あの時のガキか」

そして別の魔族の男も口の端を吊り上げた。

 

「やはり……あの時、俺の両親を殺したのはお前達だったのか」

ラーサーは魔族の男達を睨み付けたまま静かに言った。

だが、その口調は明らかに怒りが込められている。

 

「まさか、お前がその剣を持っていたなんてな」

 

「お前達の目的は一体、なんなんだ?」

 

「俺達はその剣を手に入れたいだけなんだがな」

 

「俺とユウリの両親を殺してまで……?」

 

「素直にその剣を渡さないから殺したまでだ」

 

「何故、そこまでして……」

 

「その剣がないとティアマトと契約する事が出来ないからよ」

ラーサーと魔族の男達が睨み合っている中、不意に何処からか声がした。

そこにいる全員がその声がした方向に目を向ける。

 

「後をつけて来て正解。やっと“力の継承者”に会えたわ」

其処にはラーサーと同じ様に黒髪に紅い瞳の魔族の少女が立っていた。

 

「……ちっ、邪魔が入ったか。一旦引き上げるぞっ」

魔族の一人が舌打ちをしてそう言うと、他の魔族達と一緒に転移魔法で消えて行った。

 

「その剣を持っていると言う事は……あなたがラーサー……?」

魔族達が姿を消した後、その少女はラーサーに視線を移した。

 

「そうだが……君は?」

ラーサーは怪訝そうな顔で少女をじっと見つめた。

 

「私は、セシリア。今はゆっくり話している暇がないけれど一つだけ……、

 奴らの狙いはあなたが持っているその剣よ。気を付けて」

“セシリア”と名乗った少女はそれだけ言うと、

「近いうちにまた会いましょう」

魔族達を追うように転移魔法で消えて行った。

 

ラーサーは周りから魔族達の気配が消えると剣を鞘に納め、そして普段の姿に戻った――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

「……いつから記憶が戻っていたんだ? ラーサー」

ラーサーとエマの両親の墓の前に着くとアドルフが静かに口を開いた。

 

「十三の頃から徐々に……」

 

「そんなに前から……?」

アドルフは驚き、

「エマは気付いていたのか?」

と、エマに視線を移した。

 

エマはゆっくりと頷き、俯いた。

 

「エマ……気付いていたのか?」

すると、ラーサーは驚いた表情をした。

 

「なんとなく……そうじゃないかなって思ってた。

 でも、ラーサーは何も言わないし、このまま黙ってる方がいいと思って……」

エマは微かに震える声で答えた。

 

「そうか……」

ラーサーはエマからゆっくり視線を外した。

 

ユウリはそんなラーサーの姿を無言で見つめていた。

 

「やはり、人間の力では魔族の記憶を封じるのは無理だったか……」

クレマンは天を仰ぐように少しだけ空を見上げ息を吐き出した。

 

「記憶を封じたというのはどういう事ですか?」

何も訊けずに、ただじっとラーサーを見つめているユウリの代わりにジョルジュが口を開く。

 

「俺は以前、両親とイムール共和国の城下町に住んでいたんだ。

 だけど十年前……先程の魔族達に襲われた。

 その時、俺だけ転移魔法でどこかへ飛ばされてアントレア皇国からランディール王国へ入る道の途中、

 倒れていたところを王立騎士団に助けられたんだ。

 ……そして、気が付いたらランディール城の中だった」

ラーサーは落ち着いた様子で話し始めた。

 

「では……、アントレア皇国の城下町に住んでいたというのは……」

 

「あぁ……嘘だ。

 俺は十歳までイムール共和国の城下町で育った。

 そして父も母も魔族……100%純血の魔族だ」

 

「何故、記憶を封じたりなど?」

ジョルジュはアドルフに再び視線を向けた。

 

「それは、ラーサーが魔族の子だとわかり、国王様がこのままではこの先、

 好奇の目に晒されて辛い思いをするだろうと仰ったのと、

 ラーサーのご両親を襲った魔族が彼の姿を見たら再び襲って来るんじゃないかと考え、

 皆で話し合ってラーサーの記憶と姿を魔術で封じたんだ。

 その為、エマにも“ラーサーの幼馴染み”というフリをして貰っていた」

アドルフは俯いたままのエマに視線を移した。

 

「そうでしたか……」

 

「だから、俺も俺の為に最善の策を取ってくれた皆の為に記憶が戻った後も

 “人間として”生きる事にしたんだ……」

 

「それで今までずっと記憶が戻った事を隠していたのか?」

クレマンは軽く息を吐き出しながら言った。

 

「はい……」

 

「ラーサー……」

エマは顔を上げるとラーサーをじっと見つめた。

 

「けど……俺の記憶が戻っている事にエマが気付いていたなんて……。

 エマにも辛い思いをさせて悪かった……」

 

「辛い思いなんて……私は、例え“偽りの幼馴染み”だとしても、

 いつも傍にいられてどんなに救われたか……。

 九歳の時に一人ぼっちになった私をいつも傍で支えてくれたのはラーサーだった……。

 だから……もしかしたらラーサーの記憶が戻っているんじゃないかって思っていても、

 ずっとこのままでいたくて……」

 

「それは俺だって同じだ」

ラーサーはエマを真っ直ぐに見つめ返した――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

ラーサーは城に戻ると直ぐに自室に戻った。

 

 

そして、随分時間が経った頃――。

 

……コン、コン――、

 

少し控えめに叩くノックの音が聞こえた。

しかし、それにも反応を示さない。

 

すると、いつもより小さな声が微かに聞こえた。

「……ラーサー? いないの?」

ノックをしたのはエマだった。

 

その声にラーサーはゆっくりと顔を上げ、静かに部屋のドアを開けた。

 

「これ……作って貰って来たの。一緒に食べよ……?」

エマは二人分の食事が乗ったトレイを手にしていた。

 

「……うん」

ラーサーは上目遣いで不安そうな顔をしているエマに小さく笑って答えた。

 

 

「そういえば……前にもこんな事があったね」

サンドイッチを一口食べたところでエマがクスッと笑いながら言った。

 

「あぁ……そうだな」

ラーサーはエマが何時の事を言ったのか直ぐにわかった。

 

「憶えてる?」

 

「あぁ、憶えてるよ。俺が初めての実戦から戻った時の事だろ?」

 

「うん、そう」

 

「あの時もエマ、俺の部屋にこうやって今と同じ様に食事を持って来てくれて、

 一緒に食べたんだよな」

 

「うん……。でも、あの時はまだラーサーはペーペーだったから

 大部屋でこんな風に二人きりじゃなかったけど」

その時の事を思い出したのかエマはクスクスと笑った。

 

「けど、すごく嬉しかった。そのお蔭で元気も出たし」

ラーサーはそう言うと柔らかい笑みを浮かべた――。

 

 

食事を摂り終えた後、

「エマ、ありがとう」

食器をトレイに乗せて片付け始めたエマにラーサーが言った。

 

「うん……」

エマは少しだけ笑みを浮かべた。

そして、ラーサーの部屋を出ようとドアを開けた時、

「ラーサー……何処にも行かないよね?」

不安そうな顔で言った。

その表情はまるでラーサーの心の内が見えていて、これから彼が何をしようとしているのか、

何を考えているのか、わかっているかのようだった。

 

「……」

ラーサーは何も答える事が出来ず、ただ、エマの頭をポンポンと軽く撫でるだけだった。

それでもエマはまだ不安そうな顔でラーサーを見上げている。

 

「……行かないよ」

少しの沈黙の後、ラーサーは優しい口調で言った。

 

「本当? 絶対?」

 

「……絶対」

即答はしなかったものの“絶対”と言ったラーサーの言葉をエマは信じ、部屋を後にした――。

 

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