漆黒の翼 -11-

 

 

「え……私の事、知っているのですか?」

ユウリはまさか自分がこの森に住んでいた事を知る人物が城下町にいるとは思っていなかった。

 

「て事は、やっぱりあの時の女の子はあんただったのか。

 いや、昔よく友達と狩りに来てたって言っただろ?

 もう五,六年前の話だけど、狐を追って森の中を進んでたら十二,三歳くらいの女の子が前を歩いててさ、

 こんな森の中を一人で歩いてるから変だなー? って思ってたら、その子の体が一瞬だけ薄っすらと光って、

 金髪だったのが銀髪に変わって背中に黒い羽根が生えて空中に飛び上がったんだ。

 びっくりしてたら、蛇がいてさ、それで逃げたんだってわかった。

 それからまた何度か見かけた時は普通の姿だったけど、森の奥でそう何度も同じ相手に会うなんて考えられないし、

 ひょっとして森に住んでるのかな? って友達と話していたんだ」

 

「そ、そうだったんですか……」

 

「友達は黒い翼だったから魔族じゃないかって言ってたけど、そうなのか?」

 

「……魔族と有翼人の混血、です」

 

「そうかっ! だからこんな綺麗な翼をしているのか」

男はユウリの翼に視線を移して言った。

 

「……“綺麗”?」

ユウリは意外な事を言われ、ぽかんとした。

 

「さっきは目を開けた途端に見慣れない姿が目に入ってきたからびっくりしたけど、

 とても綺麗な翼だ」

男はそう言うと直ぐ傍に落ちているユウリの羽根を拾い上げた。

 

「この羽根、貰ってもいいかな? 今日の事を忘れない為に持っていたいんだ」

 

「え、えぇ……構いませんが……あ、あの……私の事、その……、怖くないんですか?」

 

「怖い? どうして?」

 

「だ、だって……」

 

「確かに“魔族”って聞いたらみんな怖いイメージを持ってる。

 けど、あんたはあの時もたいして大きくもない、ましてや毒蛇でもない蛇を恐れて空中に逃げてただろ?

 それに魔族と言えば俺達人間よりもはるかに魔力が高いし、火を操る事が出来るっていうのに、

 あんたはその蛇を焼き殺す事もしないでどこかに飛んで行った。

 だから、全然怖くないよ」

男は優しく笑って言う。

 

「……俺、実は祖父さんと祖母さんと親父を魔族に殺されているんだ」

そして、男は意外な事を話し始めた。

ラーサーとユウリ、エマは思わず顔を見合わせた。

 

「俺がまだお袋の腹の中にいる時の話でお袋はお産の為に里に戻ってて、

 その場にいなかったから詳しい事は知らないんだが……ある晩、魔族がいきなり家の中に入って行って

 祖父さんと祖母さん、それに俺の親父を次々に襲ったんだってさ。

 偶然、窓際で星を眺めてた隣の婆さんがその様子を見てたらしくてそう言ってた。

 だから、その婆さんにも魔族はとても恐ろしい種族なんだって聞かされて育ったんだけど、

 森であんたを見掛けてから魔族の中にも優しい子がいるんだなーって思い始めた。

 だって、人間にも賊みたいな悪い事を平気でする奴もいれば、隣の婆さんみたいに

 俺の事を本当の孫みたいに可愛がってくれてお袋と一緒になって育ててくれた優しい人もいる。

 だから、人種なんて関係ないと思うんだ」

男がそう言うとユウリの目から一筋の涙が頬を伝って零れ落ちた。

 

「……え? えぇっ? お、俺、そんな気を悪くするような事言ったのかっ?

 だったら謝るよっ、ご、ごめんっ、すまないっ、ホントに泣かせるつもりじゃなかったんだ……」

慌てふためく男にユウリは首を横に振った。

 

「……違うんだ。

 ユウリはお前が『人種なんて関係ない』って言ってくれた事が嬉しかったんだよ」

泣いているユウリの代わりにラーサーが答えた。

 

「彼女がこの森に住んでいたのは、本当の姿を人に見られたくなかったからなんだ……、

 その事で辛い思いをしてきたから……」

 

「そ、そうですか……で、でもー……王立魔道士隊に入ったって事は、

 今はもうこの森には住んでいないんですよね?

 お城でそのー……、幸せに暮らしてるんですよね?」

 

「……」

男の質問にラーサーは答えられなかった。

 

しかし――、

「はい、ラーサー様やエマさんやお城の皆さんが私によくして下さるので今は幸せです」

ユウリが笑って答えた。

 

その時、ラーサーは初めてユウリを城に連れて行って良かったと思えた。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

二時間後――、

「ラーサー様」

ジョルジュが騎士団の騎士達を引き連れ戻って来た。

 

「ジョルジュ、ありがとう助かったよ。

 全速で往復してくれたんだろう?

 しばらくゆっくり羽根を休めてくれ」

目の前に降りて来たジョルジュはとても疲れている様子だった。

そんな彼にラーサーは優しく声を掛けて仲間の騎士達と共に

白炎狼の亡骸をロープで縛り、大きな馬車に載せた。

 

 

「ユウリとエマはこのまま馬車で城へ戻ってくれ、俺は……と、

 そういえば、お前の名前をまだ訊いていなかったな?」

ラーサーは男に名前を訊ねた。

 

「俺、イル=オーガって言います」

 

「そうか。では、俺はイルを城下町の肉屋と皮革工房に連れて行って家まで送り届けてから戻る。

 騎士団の方にもそう伝えてあるから」

ラーサーはそう言うと箱馬車の御者に「後は頼む」と言い、

イルと共に二匹の大きな白炎狼の亡骸を載せた馬車とユウリとエマ、ジョルジュを乗せた箱馬車を見送り、

子供の白炎狼の亡骸を載せた小さな馬車に乗って城下町に向かって走り出した。

 

 

そして、ラーサーが城に戻って来たのは日もすっかり暮れた頃だった――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

夕食後、ラーサーはランディール王の私室に呼ばれた。

 

「ラーサー、ご苦労であったな」

クレマンから凡その報告を受けていたランディール王は労いの言葉を掛けた。

 

「はっ」

短く返事をしたラーサー。

だが、何か言いたげな顔をしている。

 

「お前とユウリが助けたという男はどうなった?

 なんとかなりそうか?」

 

「はい、その男はイル=オーガと申しまして、城下町の肉屋で白炎狼の肉を買い取って貰い、

 次に皮革工房にて毛皮を買い取って貰いましたところ、かなりの金貨を得まして大変喜んでおりました。

 ただ……イルの家庭は現在、母親と妻が働けない状態ですし、

 幼い子供三人と産まれたばかりの双子がおりまして……。

 加えて産まれた時から父親がいなかった分、周りの人々に助けられて育っている為、

 手に入れた金貨も皆で分け合いたいと申しておりました。

 イルが住む地区は農家が多く、先日の台風で酷い被害に遭っており、

 また作物が収穫出来るようになるには、まだ時間が掛かるかと」

 

「そうか……では、イルとやらが住んでいる地区全体に助けが必要という事だな?」

 

「はい。それで……国王様にご相談が……」

 

「なんじゃ?」

 

「今回持ち帰った白炎狼二匹の肉を使ってイル達農家に何か振舞ってやれないかと思いまして……」

 

「ふむ……」

 

「……後、毛皮を売った金子も……どうにか出来ないものかと……」

 

「ラーサー」

 

「申し訳ございませんっ、本来ならば肉も城の皆で食すところなのも、

 毛皮を売って得た金子も騎士団や魔道士隊の為に使用するべきなのもよくわかっております。

 ですが……っ」

 

「そうではない、ラーサー」

ランディール王は苦笑いをしていた。

 

「実際に苦しんでおる民の声を直接聞いたのはお前だ。

 そのお前がそう言っているのだから、その通りにするのが一番良いとわしは思う」

 

「国王様……」

 

「だが、お前はそれで本当に良いのか? 白炎狼を仕留めたのは紛れもなくお前とユウリだろう?

 討伐として出掛けたのならともかく、今日は二人共私用で出掛けていた上での出来事だ。

 本来ならば肉も毛皮もお前達二人が好きにして良いのだぞ?」

 

「そ、それは出来ませんっ、騎士団の皆にも亡骸を城に運ぶまで手伝って頂きましたし、

 元より私は国王様の指示を仰ぐ為に……っ」

 

「ははは、お前らしいな」

ランディール王はラーサーの答えがわかっていたかのように笑い飛ばした。

 

「こ、国王様……」

 

「わかった、お前の言うとおり白炎狼の肉は明日ミートパイなどにして

 台風の被害を受けた農家の皆に振舞おう。

 毛皮も売って、それで得た金子は農家の立て直しや生活援助に使う。

 それでいいのだな?」

 

「はいっ、ありがとうございますっ」

ラーサーはとても嬉しそうに深々とランディール王に頭を下げた――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

それから半年近くが過ぎ――、

ユウリは戦闘の場に出ても、あの討伐の時のようにフラッシュバックする事はなくなった。

今では有翼人特有の能力・癒しの力と魔族特有の能力・炎を自在に操る能力と高い魔力、

そして日々の訓練で修得した魔術や幻術まで使えるようになっていた。

 

 

そんなある日、王立騎士団に一人の騎士が新たに入団する事になった。

 

レオン=ヴェイユ。

 

その人物は先日、『王立騎士団に入団したい』と突然城を訪ねて来た。

しかし、王立騎士団に入団するには兵士を経て騎士に昇級するか、

ラーサーのように幼い頃から城に入り、騎士としての訓練を受けていないとなれない。

一般から兵士として城へ入る場合も面接試験を受けなければならないのだが、

その試験を受けられるのは二十歳までだ。

だが、レオンという男は既に三十五歳。

本来ならば門前払いというところなのだが、その男は自分の腕に随分な自信があるようで、

『せめて実戦試験で腕を見てくれないか』と食い下がったのだ。

 

ランディール王は『ならば実践試験として一対一の模擬戦闘を行い、

勝つ事が出来れば入団を認めよう』と条件を出した。

男はその条件を二つ返事で呑み、実戦試験の相手も『他の騎士達では相手にならない』と言い、

団長であるクレマンを指名した。

だが、男は口だけではなかった。

三十五歳という年齢にも拘らず、身も軽く体力的にも優れていた。

剣の腕も立ち、剣捌きも無駄のない動きでクレマンが本気を出してもレオンの剣を交わすのがやっとだった。

その腕はラーサーと互角……いや、それ以上ではないかと囁かれた。

 

そして、見事クレマンに勝利した男は王立騎士団への入団を認められた――。

 

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