言葉のかわりに−第三章・5−
――体育祭から約一ヶ月が過ぎた六月の終わり。
今日は唯と和磨が付き合い始めた日。
つまり“一周年記念”だ。
この日は日曜日で和磨はJuliusの練習とミーティングの後、メンバーとファーストフードで雑談をしていた。
「まさか、和磨が唯ちゃんと一年も続くなんてなー」
和磨の隣に座っている智也がにやにやしながら口を開いた。
「ホント、ホント。もし和磨が唯ちゃんに振られたら俺、告ろうと思ってたんだけどなー」
准はにやっと笑った。
メンバーにしてみれば、和磨が女の子との交際で一年も続いたのは異例の事だ。
「何言ってんだよ……ふざけんな」
和磨は准の“告ろうと思っていた”という言葉に反応し、眉間に皺を寄せた。
その様子を目の前に座っている拓未はククッと笑いながら見ている。
「てか、拓未も笑ってるけど唯ちゃんの事狙ってたんだろ?」
准が拓未に視線を移しながらそう言うと「確かに最初はな」と拓未はにやりと笑った。
その言葉を聞いた和磨は今度は思いっきり眉間に皺を寄せた。
「そりゃまぁ、唯ちゃんは可愛いし、性格も良いけど……」
「「けど?」」
准と智也は身を乗り出した。
「多分、俺とは合わない」
拓未はキッパリと言い切った。
「なんで?」
准は不思議そうな顔をした。
「唯ちゃんは大人しいから」
「あー、確かに唯ちゃんは無口ではないけど大人しいな」
智也はなるほどと言った顔をした。
「俺はどっちかと言うと大人しいタイプより、香奈みたいにおしゃべりな方がいいし」
拓未はそう言うと「だからまぁ安心しろ」と和磨にニッと笑ってみせた。
それでも和磨はまだ微妙な顔をしている。
「じゃー、和磨はどうなんだ?」
すると智也が和磨の顔をまじまじと見つめながら訊いてきた。
「どうって……」
智也に改めて訊かれ、和磨は少し考えた後、
「俺は……素でいられるから合ってるんだと思うけどな」
と、答えた。
「まぁ、和磨と一年も続いてるって事は合ってるって事だろ。それに初めて和磨から好きになったんだしな?」
拓未はにやにやしながら和磨をちらりと見た。
すると和磨はすぐに拓未から視線を逸らした。
「えーっ!? じゃ、篠原くん、唯が初恋……っ!?」
突然、和磨の背後で香奈の素っ頓狂な声が響いた。
香奈の後ろからは唯もついて来ていた。
「な……っ、い、いつの間に……」
和磨は不意を衝かれ、驚いた顔をして振り向いた。
入口に背を向ける位置に座っていた為、唯と香奈に気が付かなかったようだ。
拓未達はゲラゲラと笑っている。
「じゃ、じゃあ、唯も来た事だし、俺達はこれでっ」
和磨はこの場から逃げる為、唯を連れてそそくさとファーストフードを出て行った。
ちなみにこの後は和磨の家で過ごす予定だ。
“一周年記念”だから……と言う訳ではないが和磨の家に唯が遊びに行く事はクリスマス・イブの夜以来、普通の事になっていた。
和磨は“一周年記念”をわりと……いや、結構意識をしていた。
しかし、唯はと言うと別に意識している様子もなく、服装も特に気合が入っている訳でもなさそうだ。
(まぁ、何を着ても似合うし、可愛いいからいいけど……)
そんな事を思いながら歩いていると、あっという間に和磨の家に着いた。
和磨の両親は今日も仕事でいない。
和磨は玄関の鍵を開けると先に唯を中へ入れた。
リビングのソファーに座り、時計を見ると午後三時。
ちょうどティータイムだ。
「コンビニでなんか買ってくれば良かったかな?」
和磨は“一周年記念”の事で頭がいっぱいで、ごちゃごちゃと考えていた所為で家に何もなかった事に今さらながら気が付いた。
「あ、おやつなら持って来たよ」
唯は持っていた紙袋を和磨に見せ、にっこり笑った。
前もって和磨の家に遊びに行くのがわかっている日は、唯はよくクッキーを焼いて持って来たりする。
「かず君、ケーキナイフとお皿とフォーク借りてもいい?」
「あ? うん」
クッキーならお皿はともかくケーキナイフとフォークはいらないはずだ。
和磨は不思議に思いながら、二人分のお皿とフォークを用意し、ケーキナイフを出した。
「今日は頑張ってロールケーキ作って来ちゃった」
唯はそう言いながら紙袋からロールケーキを出した。
「おおぉっ!?」
これはまたどうしたことか……?
和磨がポカンと口を開けて見ていると、
「かず君、どれくらい食べる?」
唯はロールケーキをどれくらいの厚さに切るかを訊いてきた。
「んー、えっと……これくらい」
ケーキナイフを持っている唯の右手の上から和磨が手を握り、ロールケーキをそのままカットした。
「なんか、結婚式のケーキカットみてぇー」
そう言って一人照れている和磨。
「あはは、じゃあもっと豪華なケーキ作って来ればよかったー」
そんな彼を余所に唯は笑い飛ばしていた。
……が、実は唯は唯で思いっきり照れていたのは言うまでもない。
「ん、うまい!」
ロールケーキをパクリと一口食べた和磨は目の前に座る唯に視線を移した。
「ホント?」
「うん」
和磨はにっこりと笑った。
「よかった。今日はちょっと特別な日だから、いつもよりちょっと豪華にしてみたのはいいんだけど、
美味しくなかったらどうしようかと思った」
唯も和磨に小さく笑みを返す。
「え?」
「かず君と付き合い始めて、今日で一年」
唯も憶えていたのだ。
「唯……憶えてたのか?」
和磨は唯も“一周年記念”を意識していた事に驚いた。
「かず君、忘れてた?」
唯はクスクスと笑った。
「いや、もちろん憶えてるよ」
和磨は嬉しさのあまり笑みがこぼれた。
「あんまり大袈裟にすると、かず君にドン引きされちゃうかと思ってロールケーキに止めといたの」
「あはは、ドン引きなんかする訳ないだろ?」
今まで和磨が付き合ってきた“彼女”達は付き合って一ヶ月が経っただけでやれ“一ヶ月記念”だなんだと大騒ぎしてたのに、
唯はさらりと流すのかと思いきや……ちゃんと考えていた。
さりげないのがかえって嬉しかったりする。
(こういうところがやっぱり素でいられると言うか、変に気を遣わなくていいって思えるんだろうな)
和磨は改めてそんな事を感じた。
ロールケーキを食べ終えた後――、
和磨は自分の部屋に唯を連れて行き、机の上に置いていたリボンのかかった小箱を唯に渡した。
「……?」
唯は不思議そうな顔をしながら和磨を見つめている。
「開けてみて」
和磨はクスっと笑った。
リボンを解き、唯はゆっくりと小箱を開けた。
中にはシルバーのキーホルダーが入っていた。
「うわぁ……綺麗……」
唯は窓から差し込んでくる太陽の光に照らされ、キラキラと輝いているキーホルダーを手に取った。
「“一周年記念”。あんまり派手にしても唯にドン引きされるかと思って」
和磨は少し照れたように笑った。
「あはは、ドン引きなんかしないよー」
唯はクスッと笑うと「かず君、ありがとう」と言って微笑んだ。
「実は俺とお揃いだったりしてー」
和磨は家の鍵がついているキーホルダーを出して唯に見せるとニッと笑った――。