誠の恋 -First Kiss番外編 2-

 

 

「あれ? 宗、誠は?」

一日の練習が終わり、メグちゃん達バレー部が一足先に食堂で夕食を摂っていると、

宗達バスケ部も食堂に入って来た。

しかし、いつも金魚のフンみたいに宗の後ろをくっついている誠の姿がない。

 

「うーん……それが、誠のヤツ、疲れたのかメシを食う元気もねぇって言って大広間で休んでる」

 

「え、ご飯も食べられないって……おかしいな」

 

「今日は朝から飛ばしてたからなー、のぼせてなきゃいいけど」

宗はそう言うと武田くんと一緒に夕食を食べ始めた。

 

 

そうして、宗と武田くんがお風呂に入ろうと大広間に入浴セットと着替えを取りに行った直後――、

「琴美! 誠が熱出したーーーーっ!」

宗が食堂に飛び込んで来た。

 

「えぇっ!?」

あたしは宗と一緒に、すぐさま男子バスケ部が使っている大広間へ行った。

 

すると、畳の上で誠が茹でダコみたいに真っ赤な顔で寝転んでいた。

 

「誠、どうしたのっ?」

あたしがおでこに手を当てるとジューと音がするくらい誠のおでこは熱かった。

 

「姉ちゃん……俺、死ぬのかなぁ……?」

 

「そんな訳ないでしょ。さっき宗に聞いたけど、先生との約束破ってみんなと同じメニューの練習をしてたんだって?

 きっと約束破ったバチが当たったんだよ」

 

「だって……」

ぐったりしたまま頬を膨らませる誠。

 

「向かいの個室にお布団敷いてあげるから、そこまで歩ける?」

そう言って誠の上半身を起こそうとすると、

「いいよ、琴美、俺が負ぶって連れて行ってやるよ」

宗がそう言ってくれた。

 

 

「宗、ありがとう」

誠を個室まで連れて来てくれたお礼を言うと宗は「どういたしまして」と小さく笑った。

 

「姉ちゃん、お腹空いた……けど、しんどくて食べられそうにない……どうしたらいい?」

布団の中で辛そうにゆっくりとした口調で空腹を訴えた誠。

しかし、辛くて食べられそうにないとは……一体、どうしろと?

 

「そうめんか冷やむぎとかは?」

すると、宗が苦笑いしながら言った。

 

「それがいいかもー……」

久しぶりに見るヘロヘロの誠。

 

「わかった。じゃあ、作って来てあげるから」

どうしてこんなになるまで頑張ったのかわからないけれど、本人なりに理由があるのだろう――。

 

 

「琴美、誠くん、大丈夫なの?」

食堂に戻るとメグちゃんが声を掛けてくれた。

どうやら心配してくれていたみたいだ。

 

「うん、なんか練習を頑張り過ぎちゃったみたいで……のぼせたみたい」

 

「昨日まではちゃんと無理のないように休憩取りながらやってたのにね?

 やっぱり中学生には高校生と同じメニューはキツいんだね」

 

「一緒にやってるうちに楽しくなって我慢出来ずにフル参加しちゃったんじゃないかな?」

 

「誠くん、バスケ大好きだもんね」

 

「誠は小さい頃から野球とかサッカーとかいろいろやってたけど、バスケだけは一番真剣にやってるからね」

 

「晩御飯、まだ食べてないんでしょ? やっぱり食べたくないって?」

 

「おそうめんか冷やむぎなら食べられるって」

 

「そう……それならまだ安心だね。熱で何も口に出来なかったら悪化しちゃうしね」

……と、そんな会話をしているメグちゃんの隣の隣の席では比嘉さんが青い顔で俯いていた。

 

(気分でも悪いのかな?)

「比嘉さん? 大丈夫? 冷たい麦茶あげようか?」

 

「……あ、いえ、大丈夫です、ありがとうございます」

すると彼女はパッと顔を上げて言った。

 

(あたしの気のせいかな?)

何か考え事でもしていたのかもしれない。

あたしはそのまま特に気に留めず誠のおそうめんを茹で始めた――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

……コン、コン――、

「誠、おそうめん持って来たよ。開けるよー?」

そう言って部屋の中に入ると誠はお布団の中で苦しそうに息をしていた。

宗と武田くんはお風呂に行ったのかいなかった。

 

「起きられる?」

 

「……うん」

ゆっくりと瞬きをしながら返事をした誠は座椅子と小さなテーブルを用意してやると、

もぞもぞと起き上がって座椅子の背凭れにやや体重を預けながら座った。

 

「食べられそう?」

 

「うん……お粥とか雑炊でも良かったんだけど……、なんかフウフウするのにも体力使いそうで……」

 

「……ねぇ、誠、なんでそんなに頑張っちゃったの? 昨日まではちゃんと岡嶋先生の言う事聞いて

 無理なくやってたじゃない?」

 

「……男の意地」

誠はおそうめんを数本ずつお箸で摘み、口に運びながら力なく答えた。

 

「なんか、よくわかんないけど……その“男の意地”とやらは、もう少し体力つけてからにした方がいいね」

 

「うん……俺も、案外ヘタレだって自覚した……」

 

「あのね、誠はみんなと違ってまだ中学生なんだから、いくら一年生部員と一歳しか違わないと言っても、

 やっぱり部活のやり方とかも中学と高校じゃ全然違うと思うし、特にうちの高校のバスケ部は都内でも

 結構優秀な成績を収めてるからそれなりに練習もキツいと思うの。

 そこにいきなり参加したんだもん、みんなと同じメニューをこなしてたら体がどうにかなるのは当たり前だと思うよ?」

 

「……うん」

 

「あたしは姉だからって訳じゃないけど誠はヘタレなんかじゃないと思ってるよ?

 誠が頑張ってるのはバスケ部のみんなもわかってる事だし、誠自身が楽しくなくなったら

 何の為に合宿に参加させて貰ってるのかわかんなくなってきちゃうじゃない?」

 

「うん……」

 

「大丈夫、今夜一晩ゆっくり寝てたら明日には熱も下がるよ」

 

「うん……」

誠はあたしの話に力なく返事をしながら、ゆっくりだけどおそうめんを完食した。

 

 

「後でまた様子見に来てあげるから、大人しく寝てるのよ?」

 

「うん……姉ちゃん」

 

「うん?」

 

「喉渇いた……」

誠は熱が出ている所為で口で呼吸をしているのか、おそうめんを食べる時も麦茶を飲んでいたにも拘わらず、

喉が渇いたと訴えた。

まるで体全体から水分が蒸発しているみたいに。

 

「じゃあ、すぐに何か飲み物持って来てあげるから、横になってて」

 

「うん……」

そう言って静かに目を閉じた誠。

いつもは騒がしいとさえ思う弟の弱々しい姿を目にするのはなんか複雑な気分だ。

 

そうして、部屋を出ようとドアの取っ手に手を掛けると、向こう側に人の気配を感じた。

 

……ガラ――ッ、

 

そうっとドアを開けてみる。

 

「あ……っ」

すると、そこに立っていたのは比嘉さんだった。

 

「あ、あの……っ」

あたしが訊ねるよりも前に口を開いた比嘉さん。

 

「うん?」

 

「ごめんなさいっ、私の所為なんです……っ」

そう言って、申し訳なさそうな顔でぺこりと頭を下げた比嘉さん。

 

「???」

あたしは何が何だがさっぱりわからず首を捻った。

 

「実は……昨日――、」

比嘉さんは、ゆっくりとした口調で昨日の夜の事を話し始めた。

誠があたしの弟で、ましてや中学生だとは知らず、この合宿も岡嶋先生から一時間毎に休憩を取る事と

無理はしない事を条件に特別参加している事。

それを知らずに心無い事を言ってしまった。

その所為できっと誠が無理をしてしまったんだと――。

 

 

「本当にすみませんでした……」

シュンとしている彼女の手にはスポーツドリンクのペットボトルがあった。

 

「これ……弟さんに渡してあげて下さい」

そう言ってあたしにそのペットボトルを差し出す。

 

「それ、比嘉さんが直接誠に渡してあげて? 誠、喉渇いたって言ってたから、きっと喜ぶと思う」

 

「え……、で、でも……」

 

「誠が眠っちゃう前に早く、お願い」

あたしがそう言うと比嘉さんは躊躇いながらコクンと頷いて、部屋に入った――。

 

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