First Kiss 続編・デザート −8−

 

 

「こっ、琴美っ!?」

宗は試合中だというのにあたしの方に振り返った。

コートのど真ん中で固まっている。

 

「宗、試合っ!」

 

「あ、あぁ、うんっ!」

宗は返事をしてボールを奪い返すべくダッシュした。

 

30 vs 18

 

うちの部が負けている。

夏休みの前にやった練習試合では同じ第三クォーターではうちの部が40点は入れていた。

それなのに今日はまだ18点しか入れていない。

 

(宗っ、頑張って……っ!)

 

 

第三クォーターが終わり、得点は34 vs 24とまあまあ追い上げた。

でも、まだ油断は出来ない。

短いインターバルの間にメンバーはあたしが差し入れしたレモンの蜂蜜漬けを

口に放り込んでいた。

 

「今日のレモン、いつものよりよく漬かってるね?」

部長の加納先輩はなかなか鋭い。

それは一昨日の練習試合の時に差し入れようと作った物だったからだ。

 

「一昨日はこれがなかったからスタミナ回復出来なくてさ。

 けど、今日は二ノ宮の調子も戻ったみたいだし、第四クォーター頑張れば勝てるかも」

そう言って、蜂蜜漬けをパクリと口に入れてあたしから宗にちらりと視線を移したのは武田君だ。

 

その宗はと言うと、引き続き第四クォーターも出るらしく、先生の指示を真剣に聞いていた。

 

(さっきまでは全然試合に集中していなかったのに……)

宗は試合中、今まであたしの声に反応して顔を向けた事なんてなかった。

練習中も。

最初は聞こえていないのかとも思ったけれど、この間宗に訊いたら

『琴美の声は一応耳には入ってる』と言われた。

それでも反応しないのはそれだけ試合に集中しているという事だろう。

 

そして、なんとなく視線を感じてその方向に目を向けると、相手チームのマネージャーが

あたしの事をじっと見ていた。

いや、睨みつけている感じだ。

 

(もしかして……あの人、宗の元カノなのかな?)

だって、試合中もスコアをつけている手もすっかり止まっていて、自分のチームメンバーより

宗の事を目で追っている。

この間はスポーツドリンクを渡したり、タオルを渡したりと忙しそうに動いていたのに、

今日は何も手がつかないという感じだ。

 

 

それから間もなくして第四クォーターが始まった。

 

円陣を組んで気合いを入れてコートに入るメンバー。

宗はあたしの方に顔を向ける事はなかったけれど、その背中は覇気に満ち溢れていた。

 

「琴美ちゃん、もう体の方は大丈夫なの?」

宗の姿を目で追っていると武田君が話し掛けてきた。

 

「う、うん……」

(体調不良というか精神的に参ってたんだけどね……)

 

「そっか、二ノ宮も一昨日は全然晩飯食べなくてさ、昨日と今日は俺と誠君が食べないと

 バテるぞって言って半ば強引に食わせたし。今考えると琴美ちゃんが帰ったのが

 余程ショックだったんだなー」

 

(え……)

 

「あいつ、琴美ちゃんの顔を見た途端に元気なったし」

 

(宗……あたしが帰ったの、そんなにショックだったの?)

 

“琴美……俺の事、嫌いにならないで……”

 

昨夜、宗が電話の向こうで泣いているような気がした。

微かに震えた声で言われ、あたしは胸が苦しくてなんて答えていいのかわかんなくて

電話を切ってしまった。

 

それでも今朝、目が覚めてからも宗の声が耳から離れなくて、宗とちゃんと会って話がしたくて

気がつけばまた電車に飛び乗ってここへ戻って来ていた――。

 

「ナイシューッ! 二ノ宮!」

武田君の声にハッと顔を上げると、シュートを決めた宗がコートの中で仲間達と

ハイタッチをしていた。

 

(宗ってシュートを決めた後、すっごくいい顔で笑うんだよね)

あたしと一緒にいる時の笑顔も好きだけど、シュートを決めた後の笑顔はもっと好き。

だけど一番好きなのは、あたしとキスした後に見せる嬉しそうな……でも、ちょっと照れたような笑顔。

 

だから……

 

“琴美……俺の事、嫌いにならないで……”

 

(あたしが宗の事を嫌いになるなんてないんだよ……?)

 

「よっし! 後二本シュートが決まれば同点!」

 

「同点だとどうなるの?」

 

「普通に延長戦だよ」

 

「延長戦か……」

 

少し苦しそうに息をしている宗。

 

(宗……大丈夫かな? ご飯、あんまり食べてないって言ってたし……バテてないかな?)

 

 

しかし、そんなあたしの心配を余所に彼は二本ともあっさりシュートを決めた。

 

「よっしゃーっ! 同点ーっ!」

武田君はまるで自分がシュートを決めたみたいに両手でガッツポーズをして喜んだ。

 

その直後、第四クォーターの終了を告げるホイッスルが鳴った――。

 

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