First Kiss 続編・デザート −7−

 

 

――翌朝。

 

「おはよぉーございますっ♪」

 

食堂の厨房の中にいたのは満面の笑みを浮かべた琴美の弟・誠だった。

 

「あれ? 確か……君、琴美ちゃんの弟の……」

武田も隣で不思議そうな顔をしている。

 

「はいっ、平野誠ですっ! 姉ちゃんがいつもお世話になってまっす!」

 

「へぇ〜っ、平野さんの弟かぁっ、似てねぇ〜っ」

「けど、可愛い系の顔は似てるかな?」

 

みんなが口々に言う中、武田が俺が一番気になっている疑問を口にした。

「てか、琴美ちゃんは?」

 

そう、琴美だ。

昨夜も夕食の時に厨房にいなかった。

というか、昨日の“キス強奪事件”以来、姿が見えない。

あの事件について弁明もしたいのはあるけれど、どこへ消えたのか心配だった。

 

「姉ちゃん、体調が悪いみたいで……昨日も帰って来てからずっとベッドで寝てて、

 晩ご飯も全然食べなかったんですよ。それで、今日からは俺がピンチヒッターっす!」

 

(え……琴美、帰ったのか……?)

俺は愕然とした。

 

「琴美ちゃん、帰っちゃったのかー……てか、カップルってリンクすんのかな?

 二ノ宮も昨日から調子悪いし」

 

「えっ、シュウさんも?」

 

「昨日、隣の民宿に俺達と同じ様に合宿に来てる他校のバスケ部と練習試合があったんだけどさ、

 前回はボロ勝ち出来たのに、昨日は全然ダメ。こいつの調子が悪くてもうボロ負け」

 

「俺の所為かよ……て、まぁその事に関しては言い訳しねぇけど……」

確かに勝てるはずの相手だった。

だけど、俺の調子が悪かった……というよりは琴美の事が気になっていて

全然試合に集中出来なかったのだ。

自分でもこんなにメンタルが弱い奴だったなんて思わなかった。

 

「シュウさん、大丈夫? 俺も昨日まで合宿やってたからわかるけど、

 いつもより練習キツイから食べないとバテちゃうよ?」

 

「そうだよ、おまえ昨夜もほとんど食べてないし、今日はちゃんと食べないと」

 

「あ、あぁ……」

誠と武田からそう言われ、俺は無理矢理朝飯を口に押し込んだ。

そのおかげで俺は午前中の練習をなんとか乗り切り、昼飯も二人に言われて完食だけはした。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

――その日の夜。

 

俺は一人で海辺に来ていた。

 

……RRR、RRR、RRR……

 

短い着信音が鳴り、メールが来た事を知らせる。

けど、琴美からじゃない事だけはわかっていた。

 

−−−−−−−−−−

どうして、いつも電話に

出てくれないの?

メールの返事もくれないし。

−−−−−−−−−−

 

横川さんからだ。

 

(当たり前だろ)

そもそも番号もアドレスも教えたくて教えたんじゃないんだから。

 

 

しばらくして、また彼女からメールが来た。

 

−−−−−−−−−−

昨日、キスした事、

怒ってる?

−−−−−−−−−−

 

(だから、当たり前だっつーの!)

好きでもない女の子からよりにもよって恋人の前であんな事されたら

普通怒るだろう。

 

横川さんからのメールを無視して琴美に電話をする。

しかし、聞こえてきたのはやはり例の音声。

 

“電源が入っていないか、電波の届かない場所に……”

 

(琴美……)

がっくりと肩を落とす。

合宿が終わって俺が東京に戻ったとしても、琴美は湘南に来るだろう。

となると、下手をすると新学期まで会えないかもしれない。

 

「はぁー……」

 

「シュウさん」

俺がどうしようかと溜め息を吐いていると、後ろから誠の声がした。

 

「……姉ちゃんと、なんかあったの?」

いつも琴美が座っている場所に誠は腰を下ろして遠慮がちに訊いてきた。

 

「二人共風邪じゃなさそうだし……食欲がないのはわかるんだけど……、

 もしかして、喧嘩?」

 

「……」

意外と鋭い誠に俺は否定する事も出来なかった。

 

「姉ちゃんには電話してみた?」

 

「……電源切ってるっぽい」

 

「じゃあ、まだ話せてないんだね……」

 

「うん……」

 

「シュウさん、今、携帯持ってる?」

 

「あぁ、持ってるよ」

 

「ちょっと貸して?」

誠はにこっと笑った。

 

「?」

不思議に思いながら、とりあえずポケットから携帯を出して渡す。

すると、誠は慣れた様子でボタンを押してどこかへ掛け始めた。

 

(どこに掛けてるんだ?)

 

「あ、母さん? 誠だけど」

 

(母さん?)

 

「姉ちゃん呼んで」

誠はそれだけ言うと、電話を切らずに俺に携帯を返した。

 

「シュウさん、ファイト♪」

そして、俺に軽くウインクすると民宿へ戻って行った。

どうやら、俺の為に家の方に電話して一肌脱いでくれたみたいだ。

 

『……もしもし、誠? どうしたの?』

しばらくして電話の向こうから元気のなさそうな琴美の声がした。

 

「……あ、の……」

 

『誠?』

 

「……琴美、俺……なんだけど……」

 

『え……宗?』

 

「う、うん……なんか、誠が電話掛けてくれて……その……切らないで

 聞いてほしいんだけど……」

 

『……』

 

「昨日の事なんだけどさ……その、なんて言うか……あれは事故というか……」

 

『……宗の方からキスしてたのに?』

 

「違うよ! あれは横川さんに耳貸せって言われて、耳を引っ張られたから

 仕方なく耳を近づけたら……あんな事に……」

 

『えっ!? そ、そうなの……?』

 

「うん、それに俺が浮気なんかする訳ないだろ?」

 

『……』

 

(返事をしてくれないって事は、俺が浮気をしたと思ってたって事か……)

 

「俺……琴美が好きだ。琴美と離れたくない。だから……戻って来て?」

 

『……』

 

「お願いだから……」

 

『……』

 

「琴美……俺の事、嫌いにならないで……」

 

『……』

結局、琴美は何も答えてはくれず、そのまま電話は切れてしまった。

 

(駄目だ……完璧に嫌われた……)

 

俺は大きな溜め息を一つ吐いた――。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

――翌日。

この日もF高と練習試合をする事になった。

今日も俺はスタメンで行けと先生に言われた。

本当なら今すぐにでも琴美に会いに行って誤解を解きたい。

だけど、そんな自分勝手な事は出来ないのは重々わかっている。

 

(こんなんで俺、勝てる自信ないよ……)

 

 

そして、試合は一昨日とまったく同じ展開になっていた。

前回、俺が全然ダメダメだったからか、今日はそんなにぴったりマークはされていない。

だけど、雑念が多過ぎて俺は回ってきたパスにも反応出来ず、当然シュートも決めていなかった。

その所為でまだ第二クォーターだというのにかなりの点差で負けていたのだ。

 

 

ハーフタイムになり、タオルで汗を拭きながら先生の指示を聞く。

しかし、その指示すらも俺の耳にはまったく入って来ていない。

当然、いつも琴美が作ってくれるレモンの蜂蜜漬けもないからHPの回復も出来ないでいた。

 

 

第三クォーターが始まり、いきなり俺にパスが回された。

ドリブルでボールをキープしている間に周りを囲まれる。

いつもなら囲まれる前に動いてるはずだ。

なのに簡単に囲まれるなんて。

 

当然、あっさりボールを奪われた。

しかも、よりにもよって市川とか言うあのキャプテンにだ。

俺はなんだかこのまま琴美の事も奪われてしまう気がした。

 

俺を嫌いになった琴美が市川のところに行ってしまう……そんな気がしたんだ。

 

だけど、次の瞬間……、

 

「宗ーっ、負けたらこれからずっと“デザート”なしだからねーっ!」

琴美の声が聞こえた。

 

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