First Kiss 続編・デザート −6−

 

 

宗達バスケ部が合宿に来た数日後――。

今日はまたあの私立F高校と練習試合をする事になった。

市川さんがキャプテンで宗の友達がマネージャーをしているあの高校だ。

 

市川さんからは毎晩『会いたい』というメールが来ていた。

時には電話も。

しかし、あたしはそれを無視していた。

だから、このタイミングで練習試合はちょっとしてほしくなかったりする。

 

 

午後二時。

 

「琴美ちゃん」

試合開始三十分前、武田君が食堂に入って来た。

 

「二ノ宮見なかった?」

 

「大広間でお昼寝してると思うけど、いなかった?」

 

「うん、俺も隣で寝てたんだけど起きたらもういなかったんだ。

 そろそろ先生から集合が掛かると思うから捜してくれって

 部長に言われたんだけど……」

 

「携帯は鳴らしてみた?」

 

「部屋に置きっぱなしにしてるみたいなんだ」

 

「じゃあ、あたしももうすぐここが片付くから捜してみるね」

 

「うん、よろしく」

武田君はそう言って軽く手を挙げて食堂を後にした。

 

 

「宗〜っ」

武田君が去った後、あたしもすぐに宗の捜索を開始した。

まずは、毎晩一緒に眺めている海辺に行ってみる。

 

……ザザァーーーンッ……

 

しかし、聞こえてくるのは波の音ばかり……。

 

(ここにはいないか……)

もしかしたら、試合前に集中しようと一人で海を眺めているかもしれないと思ったけれど、

その予想は外れたようだ。

 

 

そして試合開始時間が迫ってきた頃、体育館の裏あたりで一人でウォーミングアップでも

しているかもしれないと思い、行ってみた。

 

すると、今度は見事予想が的中した。

体育館の裏側に宗の姿があった。

 

でも、一人ではない。

 

(あ……)

 

宗と一緒にいたのはまたあのマネージャーの子だった。

その女の子はあたしの存在に気付いたのか、一瞬こちらに視線を移した後、

宗の首に腕を回した。

 

(……え? 何?)

 

彼女の唇に顔を近づける宗。

 

(……嘘っ!?)

一瞬、目の前で起こっている事が何なのかわからなかった。

でも、次の瞬間、宗と彼女がキスをしているんだと理解した。

思わず後退る。

すると、あたしが立てた微かな物音に気がついた宗が振り向いた。

 

「……」

あたしは、何も言えなかった。

と言うか、何も言葉が出て来なかった。

 

「琴美、今のは……」

顔面蒼白になる宗。

 

「……宗のバカッ!」

そう言って逃げ出すのが精一杯だった。

 

「琴美っ!」

宗があたしを呼び止める。

だけど、あたしはただその場から逃げ出したくて足を止める事無く走り続けた。

 

 

「あ、琴美ちゃん、二ノ宮いた?」

途中、武田君に会った。

けれど、あたしは彼の横を素通りした。

涙が溢れて止まらなくて武田君の声にも応えず走り去った。

 

「……て、琴美ちゃんっ?」

 

(宗のバカッ、宗のバカ……ッ!)

宗は見た目はチャラ男だけど、付き合い始めてそんな人じゃないって思った。

すごく純粋で可愛いところがあって……、

 

でも……、

 

さっきの光景は……どう見ても宗からキスしてた……。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

気が付けば、あたしは荷物を纏めて電車に飛び乗っていた。

 

(宗と話したくない、宗の顔も見たくない、宗がいる湘南にはいたくない……っ)

 

要するに逃げ出したのだ。

東京へ戻る電車の中、あたしの頭の中にはずっと宗とあの子のキスシーンがちらついていて

離れなかった……。

 

(宗……あたしの事、もう飽きちゃったのかな……それとも、嫌いになったのかな?)

時間が経てば経つほど、宗から離れれば離れるほどあたしの心の中はマイナスな事で

いっぱいになって、それがまた涙になって溢れ出していった。

 

 

     ◆  ◆  ◆

 

 

家に帰ってからもベッドへ倒れ込んだまま動けずにいた。

 

宗は練習試合が終わったのか何度も電話してきている。

 

(宗のバカ……ッ!)

 

心の中でそう叫ぶ度に引っ込んでいた涙が溢れて来る。

 

……RRR、RRR、RRR……、

 

そして、市川さんからもメールが来ていた。

あたしは宗の電話も市川さんからのメールも見ずにこれ以上携帯が鳴る事に耐え切れず、

電源を切った――。

 

 

「姉ちゃん、ご飯だよ」

夜、誠があたしの部屋に来た。

 

「……いらない」

 

「食欲ないの? てか、姉ちゃんなんでいるの? 叔母さんのトコじゃないの?」

 

「……」

 

「ひょっとして体調が悪くて帰って来たの?」

 

「誠……明日から民宿のお手伝い、ピンチヒッターお願い……」

 

「えーっ!? 俺、今日合宿から帰ってきたばっかだよっ?

 少しは家でゆっくりしたいよ」

 

「宗がいるよ……」

 

「へ?」

 

「今、叔母さんのトコで宗達が合宿してる……」

 

「ホントッ? あれ? でも……それなら、なんで姉ちゃんが帰ってきたのか、

 尚更わかんない」

 

「……」

 

「ねぇ、そんなに体調悪いの? おなかが痛いの?」

 

おなかは痛くない。

胸が痛い。

心が痛い。

ギュッと締め付けられてるみたいで苦しいだけ。

 

「……行くの? 行かないの?」

 

「行く! 行くけどさ……姉ちゃん、大丈夫かよ? 後で母さんにそうめんでも茹がいてもらう?」

 

「ううん、いらない……」

 

「うーん……じゃあ、食べられるようになったら下りて来いよ?」

 

結局、あたしは誠に民宿のお手伝いを押し付けてしまった――。

 

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