First Kiss 続編・にぃたん −6−

 

 

「おい、二ノ宮、お前今日何個貰ったんだ?」

部活が終わり、いつものように部室で着替えていると

武田が興味深そうに聞いてきた。

 

「……」

武田がこんな事を聞く理由はただ一つ。

今日は2月14日。

バレンタインデーだからだ。

 

「あ、それ、俺も興味あるなー」

「学校一のイケメンの収穫率は一体どれくらいなのか」

「で? 何個?」

一緒に着替えていた先輩達もそう言いながら俺に視線を移した。

 

「多分、10個くらいっす」

俺がそう答えるとみんなは「え、そんなもん?」と、意外そうな顔をした。

 

確かに今朝、駅で琴美を待ってる時も昼休憩も

部活に行く前も女の子がチョコを渡しに来た。

でも、俺は全部断った。

断ることが出来なかった物……勝手に下駄箱に入ってたり、

机に入ってたりって言う物に関しては仕方なく受け取ったけれど。

 

「琴美ちゃんからはやっぱ手作りの貰ったんだろ?」

武田はもぞもぞと着替えの続きをしながら言った。

 

「……」

しかし、実は琴美からはまだ貰っていなかった。

 

「え……まさか、琴美ちゃんからもまだ貰ってないのか?」

返事をしない俺に武田は意外そうな顔を向けた。

 

「う、うん……」

 

「えー、俺、てっきり朝一で貰ったんだと思ってた」

 

(俺もそう期待してた)

 

朝一でくれたら嬉しいなー、なんて思っていた。

けど、琴美は朝一どころか今日一日、まるでくれる気配がなかった。

 

「ひょっとして、他の子からいっぱい貰うから

 あげなくてもいいって思ってたりして」

武田は笑いながら冗談っぽく言ったけど、

俺は結構本気でそうなのかも……と思ったりした。

 

 

 

 

着替え終わって、いつものように正門に行くと

琴美の方が先に待っていた。

 

「ごめん、待った?」

 

「ううん、全然」

そう言うと琴美は俺と一緒に普通に歩き始めた。

 

(なんか……ホントにチョコをくれる気配もないんだけど?)

 

もしかして、琴美の事だから今日がバレンタインデーだって事、

思いっきり忘れているのかもしれない。

 

あー、そうか、そうか。

それなら全然有り得る。

だって琴美だもん。

 

「宗、どうしたの?」

いろいろ考えていると琴美が不思議そうな顔で俺の顔をじっと見ていた。

 

「なんか、眉間に皺寄せて考え事してるのかと思ったら、

 突然、閃いた様な顔して一人で納得したような顔してるし」

 

「え、俺、そんな一人百面相してた?」

 

「うん、してた」

琴美はクスッと笑った。

俺はその屈託のない笑顔を見て思った。

 

(あ、こりゃ完璧忘れてるわ)

 

俺は諦めてバレンタインデーの事は忘れることにした。

 

 

 

 

「宗、ちょっとだけ時間……あるかな?」

電車を降りて改札で別れる時、琴美が少し遠慮がちに言った。

 

「うん? 全然あるよ?」

 

 

俺と琴美は駅前のあの小さな公園のベンチに座った。

 

「あのね……宗」

 

「ん?」

 

「こ、これ……」

琴美は恥ずかしそうに少し俯きながら、俺に何かを差し出した。

それはさっきまで琴美が大事そうに持っていた紙袋だった。

 

「?」

 

「今日、バレンタインデーだからー……」

 

(え?)

 

紙袋の中身は透明なギフトバッグの中に薄いイエローの

ペーパーパッキンが詰められ、その中には先日、亜理紗が壊したはずの

あのマグカップがあった。

 

「琴美……これ……」

 

「授業で作った時と違う粘土と釉薬使ったから、あのマグカップとは

 まったく同じにはならなかったけど」

琴美はそう言ったけど、俺の目にはあの碧いマグカップそのものに見えた。

 

(わざわざ作り直してくれたんだ……)

 

そして、そのマグカップの中には小さなハート型のチョコレートが

いくつか詰められていた。

きっと琴美の手作りだ。

 

「ありがとうっ、琴美」

 

「おいしくないかもしれないけど」

 

「そんな事ない。絶対、琴美のが一番美味しいよ」

 

(てゆーか、琴美のチョコしか食べる気ないけど)

 

「ところで、もう一つあるけど?」

紙袋の中には、もう一つあった。

碧いマグカップと同じように透明なギフトバッグの中に白いペーパーパッキン、

その中に桜色のスープマグと丸い小さな手作りチョコが詰められている。

 

「あ、そっちは亜理紗ちゃんに」

「亜理紗に?」

「うん、気に入ってくれるといいんだけど……」

「しかも、チョコ付き?」

「だって、今日バレンタインデーだし」

「亜理紗は女の子だからチョコは俺が貰うっ」

「えっ!? ダメだよっ」

「なんで? 大丈夫だよ、亜理紗にはこっちのチョコやるから」

俺は琴美以外から貰ったチョコを見せた。

こっちは元々全部亜理紗に“処分”してもらうつもりでいた。

 

「むー、せっかく亜理紗ちゃんに作ったのにー」

 

「もちろん、ちゃんとスープマグは亜理紗にあげるよ。

 ホントは俺が使いたいくらいだけど。

 でも、琴美のチョコは全部俺が食べるのっ」

 

「“にぃたん”意地悪だね?」

琴美はアハハッと笑いながら言った。

 

「“にぃたん”言うなー」

琴美のおでこをツンと軽く指で弾いた。

 

 

そして、少しの沈黙の後――、

琴美は恥ずかしそうに俯いて、

「……宗、好きだよ」

と、言った。

 

すこぐ小さな声だったけど確かに聞こえた。

 

「俺も……好きだよ」

 

(木陰に連れて行けばよかった……)

 

ベンチじゃなかったら間違いなく、琴美にキスしてたのにな――。

 

 

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