Calling 第1話 彼女の名は…… -2-
「シ、シゲッ」
こいつがこんな大胆な事をする奴だとは思わなかった。
俺は告白された本人よりも慌てていた。
「ん?」
シゲは『どうかしたのか?』と言った顔を俺に向けながら小峯鈴の反応を待っていた。
しかし、彼女は固まったまま動かない。
それはそうだろう。
突然、よくわからない人物にみんなの前で告られたんだから。
「ダメ?」
シゲはそう言うと少しだけ身を屈めて彼女の顔を覗き込んだ。
「……あ、あの……」
「いいじゃん、付き合っちゃえば?」
彼女がとても困った顔をしていると横からそう言ったのは女子テニス部の
部長・織田慶子(おだけいこ)だった。
ちなみに俺と同じクラスでしかも隣の席に座っているヤツだ。
「高津君、いいヤツだよ?」
(い、いや……確かにシゲはいい奴だけど……)
「……」
だが、彼女は無言のまま俯いている。
「はい」とも「嫌です」とも言わずに。
「黙ってるって事はOKじゃない?」
「そうかな?」
シゲと織田ちゃんは彼女が黙っているのをいい事に勝手に話を進めている。
(いやいやいや、そうとも限らんだろっ)
「あー、ところでまだ名前も言ってなかったよな?
俺、サッカー部の高津重幸。よろしくねー♪」
シゲはすっかりもう彼女と付き合う事になったつもりなのか、にんまり笑って言った。
「イズミ」
呆然としていると織田ちゃんに呼ばれた。
「“邪魔者”はとっとと退散しようよ」
そう言うと彼女は俺の二の腕を掴んでスタスタと歩き出した。
(邪魔者……か。そりゃそうだよな……)
俺はシゲの方に振り返った。
笑みを浮かべたまま無言で『またな』と手を振っている。
俺はシゲに手を振り返しながら小峰鈴にちらりと視線を移した。
「……」
困ったように、でも恥ずかしそうな表情で俯いていた。
(けど、何も言わないって事はやっぱりOKて事なのか)
正直、ちょっと気になっていた子が親友と付き合う事になったのは微妙だけど、
俺だって別に彼女に声を掛けるチャンスが全然なかった訳じゃない。
それでも、声を掛けられなかったのは元々彼女とは縁がなかったのか、
それとも、俺に勇気がなかったのか――。
「イズミ、寂しいの?」
気が付くと織田ちゃんが俺の顔を覗き込んでいた。
「へ?」
「今までずっと高津君と一緒に帰ってたもんねー?」
「あぁ、そう言われればそうだな」
俺とシゲはサッカー部に入部してからずっと一緒に駅まで帰っていた。
今までお互い“彼女”がいなかったから。
だけど、それは別にまったくモテなかったという訳ではない。
俺もシゲも実は女の子から告白された事はあったりする。
特にシゲは二年の後半に“サッカー部のキャプテン”という肩書きだけで
告ってきた子がいるくらいだ。
それでも、その告白に応えなかったのは俺もシゲもサッカーの事で
頭がいっぱいだったからだ。
「明日からあたしが一緒に帰ってあげようか?」
「はぁっ!? なんでだよ?」
「だって寂しいんでしょ?」
「別に寂しくねぇしっ」
確かに、いつもシゲと歩いていた駅までの道を明日からは一人で歩くのは
“寂しい”と感じてしまうのかもしれない。
俺が思っている以上に。
まぁ、それは明日になってみないとわからない事だけれど。
「ならいいけどー」
でも、今は隣でクスクス笑っている織田ちゃんがそんな気持ちを少しだけ
和らげてくれていた――。