バッティングセンターでバッティング -ブルースター特別番外編・1-
「あれ?迷った?」
「はは、バレた?」
つい数分前にも見た景色・・・というか、
さっきからこの道を何回通っているか・・・。
・・・で、もしかして道に迷ったんじゃないかと思って聞いてみた。
すると、純一はあっさり道に迷った事を認めた。
「うーん・・・この辺りはちょっと道が入り組んでて
わかり辛いんだよなー。」
狭い上に一方通行だらけ、大通りはすぐそこに見えているのに
なかなか出られない・・・。
純一は眉間に皺を寄せながらハンドルを切った。
「あ、純一、あそこにバッティングセンターがあるよ?」
「お、ホントだ。」
「気分転換にちょっと寄って行く?」
「けど、あんなトコ、智子はおもしろくないんじゃないか?」
「んー、まぁ、確かにあたしは愛美みたいに野球好きじゃないから
わざわざ来ようとは思わない場所だけど、
たまにはバッティングセンターで汗をかくようなデートも
いいんじゃない?」
「俺は全然いいけど?」
「じゃ、せっかく目の前にあるんだし、行ってみようよ。」
「・・・そうだな、このままぐるぐる同じ道走ってるのも馬鹿らしいし。」
そう言うと純一はバッティングセンターの駐車場に入り、車を停めた。
「最初は初心者向けのトコに行ってみるか。」
純一は意外にも初心者向けのバッターポックスに向かった。
「それだと純一が物足りないんじゃない?」
純一は小学校の時からずっと野球をやっている
社会人になってからはちょっと野球から遠のいているけれど。
だから純一にとって初心者向けのバッターボックスは
緩すぎるんじゃないかと思った。
「いや、さすがに俺もいきなり中級とか上級はなー、
ちょっとリハビリしてから。」
純一は苦笑いながら初心者向けのバッターボックスに立った。
ちなみにボールの速さは70km。
「頑張ってー。」
純一はあたしの声にちょっとだけ振り向いてニッと笑って、
バットを構えた。
そういえば・・・純一が野球してるトコ初めて見るかも。
仕事以外ではあまり真剣な顔を見せない純一が
バットを構えた途端、真剣な顔をした。
あたしはちょっとキュンとした。
・・・カキーン―――ッ!
純一が振ったバットは見事にボールを捕らえ、
爽快な音を立てて打球を飛ばした。
そして、純一は次々とボールをかっ飛ばしていった。
「智子もやってみろよ?」
10球くらい打ったところで純一があたしもやってみろと
バットを差し出した。
「あたし、野球やった事ないけど打てるかなぁ?」
「ソフトボールは?やった事ない?」
「あ、それなら中学とか高校の体育でやった事ある。」
「んじゃ、その時どっちで打った?」
「んとー、こっち。」
どっちで打ったと聞かれてもよくわからないあたしは
とりあえずバットを構えて見せた。
「右だな・・・んじゃ、あっちの打席行こう。」
「うん?」
「ここ、左打席だから。」
純一はそう言うとあたしの手を引いてバッターボックスを移動した。
「智子っ!?矢野さんっ!?」
右打席用のバッターボックスに行くと、
不意に聞き覚えのある声に呼ばれた。
「あっ!愛美!」
「愛美ちゃんっ!・・・広瀬っ!?」
隣のバッターボックスには会社の同僚・千秋愛美とその彼氏(?)と
思われる男性がいた。
愛美は最近まであたしと同じ部署の日高康成さんと付き合っていた。
けど、ついこの間、日高さんと別れた。
原因は日高さんの浮気。
そして、その日高さんと別れた直後、大学時代にずっと好きだった先輩に
再会し、数日後に付き合い始めたんだとか。
ちなみにその新しい彼氏は純一の高校時代の友達らしい。
ふーん・・・これがその新しい彼氏かぁー。
あんまりジロジロと見ても失礼だし、
さり気なくチェック。
なかなか優しそうな人だ。
「バッティングセンターでデートなんて広瀬らしいな。」
純一はククッと笑った。
「そういうお前もこんなトコに来るなんて珍しいじゃないか。」
「うん、まぁー・・・いろいろと。」
「いろいろ?」
「たまたま?」
「なんだそれ?」
純一と愛美の新恋人はいまいち意味不明な会話をしながら笑っていた。
「愛美、あの人が新しい彼氏?」
純一と新恋人の傍でにこにこしながら会話を聞いていた愛美に
小声で聞くと、愛美は少し照れたように頷いた。
そして、その新恋人を顔を真っ赤にしながらあたしに紹介してくれた。
ぷ・・・っ。
日高さんの時でもこんなに照れてなかったのに。
「広瀬優二です。よろしく。」
愛美の新恋人は柔らかい笑みをあたしに向けた。
うん、とりあえず浮気はしなさそうな人だ。
愛美が日高さんと別れた理由が理由だけに
そんな事が気になった。
知り合ってまだ数分しか経っていないけど、
なんとなくそう思った。
特に根拠があるワケじゃないけれど。